花に溺れ、香りに溶ける



 前までは、出された香りを「これは伽羅(きゃら)」「これは、真那賀(まなか)」と、覚えた知識と照らし合わせれば正解できた。けれど、一つの香炉の銀葉の上に二種類の異なる香木を同時に載せて焚き出してその香りを聞き分ける『炷合十種式(たきあわせじゅっしゅしき)』は高度な組香の形式でとても難しいのだ。

 一つの銀葉の上で、二つの香木が同時に煙を上げている。


「……やっぱり、混ざると全然わからない」


 香炉から立ち上る香りを吸い込む。ツンとした辛みの奥に、どっしりとした甘みが絡みついている。教科書通りの【一の香】【二の香】の個性がお互いに形を崩し合って全く別の怪しげな香りに化けてしまっているのだ。
 
 これまでは、知っている香りの特徴を頭の中で『足し算』して答えを探していた。しかし、二つの香りが複雑に溶け合う炷合では、その応用がまったく通用しない。
 焦れば焦るほど、鼻も脳も麻痺していく。美寿は香炉を置き、膝の上の拳をぎゅっと握りしめた。知識や技術はある。なのに、目の前の応用問題の解き方がどうしても見つからない。暗闇の中で、一人取り残されたような焦燥感が胸をチクリと刺した。


「――蓮水、頑張っているね」


 そう声をかけてきたのは、五歳年上の兄の佐山煌太(こうた)だった。次の家元になる人として、父から『佐山國嘉(くによし)』という名をもらっている。


「お兄さま」

「もうそんなところまでやっているのか。さすが、蓮水だな」


 兄はやさしく笑うと、私の隣に座り直した。
 佐山家の親戚からは、昔からよくこう言われる。


「煌太くんより美寿さんのほうが、才能があるんじゃないか」と。


 きっと悪気のない、お世辞まじりのほめ言葉のつもりなんだと思う。でも、それを聞くたびに、私はいたたまれない気持ちになっていた。兄は、誰よりもまじめに、誰よりも長く香道と向き合ってきた人なのに。

 私なんかよりずっと……その努力を、血筋やセンスの良さだけで追い越してしまうようなまねは、絶対にしたくない。