花に溺れ、香りに溶ける




「つまらないわけじゃないです、けど」

「そう? 申し遅れました。僕は月森碧斗。月森流華道家の家元の長男です」

「私は、佐山流香道家元の長女の佐山美寿です」

「うん、知ってる。というか、今日はほとんど君に会いに来たようなものだから」


 その言い方が引っかかって、私は思わず彼の顔を見返した。


「私に?」

「うん、君に」


 それだけ言うと碧斗さまはふいと視線を逸らして、会場の奥へと歩いて行ってしまった。
 会話にしては、あまりにも短くて、素っ気なくて、けれど不思議と印象に残る出会いだった。

 あの後、父たちを通して再び自己紹介をしたけど……あのとき、彼はどんな顔で私を見ていたのだろう。

 今思えば、あの視線には、初対面の相手に向けるにしては、あまりにも長い滞留があった気がする。少なくとも、単なる社交辞令で話しかけてきた人間の目ではなかった。


 あの日から数ヶ月後に両家の間で婚約話が持ち上がったと聞かされた。私は「ちょうど顔見知りになったし良い縁談だったから」だとばかり思っていた。
 まさか、あの短い立ち話の裏に、碧斗さまの強い意志が隠れていたなんて、想像もしていなかった。