礼を言って書斎を出た後も、私の胸のざわめきは収まらなかった。
碧斗さまの母の百合乃さまは、千曲流日本舞踊の師範だったが結婚して華道の師範を持っていると有名で月森家を支える柱のような人だ。
以前一度だけ挨拶をしたことがあるけれど、凛として隙のなくて私にとっては少し近寄りがたい雰囲気の人だった記憶がある。
あの人に知られたくない事情とは、一体何なのだろうか。
その夜、私は自分の部屋の窓を開けて、夜風に当たっていた。
庭のどこかから、まだ沈丁花の香りが漂ってくる気がする。季節外れのはずなのに、碧斗さまが纏わせていったあの香りだけは、いつまでも私の記憶の中に居座り続ける。



