花に溺れ、香りに溶ける





 室町時代から続く【佐山流(さやまりゅう)香道(こうどう)】の教えの中に『香りは心の色である』という言葉がある。

 初代の家元が残したこの言葉を、私は物心つく前からまるで呪文のように聞かされて育ってきた。
 香りにはうそがつけない。
 心が乱れていたら、それがそのまま煙となって立ちのぼってしまう――そう教えられて、もう10年以上たつ。

 けれど、今の私にはそんなしみじみしたことを考えている余裕なんてまったくなかった。

 佐山家の奥の部屋にある(こう)()
 畳の目の一本一本まで手入れが行き届いたこの部屋には、外の騒がしさがまったく入ってこない。障子(しょうじ)の向こうでは、庭に植えられているまだ緑色のかえでの木がゆっくりと風に揺れているのが見えた。

 私の名前は、佐山(さやま)美寿(みよ)。中高一貫校の学園高等部に通う高校二年生の十七歳。

 二年前の十五歳のときに家元である父から、香道での名前『佐山蓮水(はすみ)』をもらった。そして去年の試験で、中許(ちゅうゆるし)という、レベルとしては真ん中の階級を取った。

 基本的な動きは一通り身についていて、今は組香(くみこう)という、いくつかの香りを聞き分けてその組み合わせに込められた意味を読み解くもっと難しい技を勉強している。