嵐の夜にインテリ上司とスーツの下

『──台風〇号は、本日未明に本州に上陸する予定で……』

 駅のホームに気象情報が随時流れている。電車が止まる前に早々に仕事を終えて来て良かったと、ホッと胸を撫で下ろした。雨風が地面を叩きつける中、ようやくアパートへ帰ってくると、部屋の前に私のキャリーケースが置いてあった。

『好きな子ができたから。お前とは今日限りな』

 雨が滲んだその紙には、端的な言葉が書かれていた。その文字も激しく降る雨に消され、残ったのは訳の分からない空虚感だけ。

 私、小鞠 柚李(こまり ゆい)は、三年同棲していた彼に今しがたアパートを追い出された。


 ***


 ザァァァ……

 滝のような雨の中を傘もささずに行くあてもなく、ただ歩き続ける。

 この雨で電車が止まり、行き場を失った人達が駆け込むようにビジネスホテルやネットカフェに雪崩込み、あっという間に空きは埋め尽くされていた。

 こんな日に追い出さなくても…と恨み言が脳裏に浮かぶが、元はと言えば私が悪い。

 私は昔から感情を表に出すのがあまり得意じゃなく、幼少期の頃は友達も作れず苦労した。高校に入った頃から、こんな私が好きだと言ってくれる人が現れ、お付き合いをはじめた。

 でもすぐに『思ってたのと違う』『つまんない』『本当に俺の事好き?』なんて言ってフラれるのが定番になっていた。

 今回の彼もそう。どうせすぐに夢から覚めると、付き合い始めたが、いつまで経っても誠実で優しくて、変わらぬ愛情をくれる彼に、私も次第に惹かれた。一緒に住むようになり、彼との将来を考え始めた矢先にコレだ。

 悲しいはずなのに涙すら出ない。

「……絶望を通り越して、もやは無の境地か……」

 目に止まった公園のベンチに座りながら呟いた。

 このままここにいれば、雨が全てを流してくれるだろうか?目が覚めたら、あの頃の日常に戻っているだろうか……

 天を仰ぎながら瞼を閉じた。

「小鞠!」

 すぐに聞き覚えのある声が聞こえ、目を開けた。

「お前何してんだ!こんな雨の中傘もささないで!」
「…………小野課長?」

 私を見下ろしていたのは、会社の上司である小野 亮輔(おの りょうすけ)。32歳、妻子なし。

 仕事は出来るが、無駄を嫌い、効率と合理的を真っ先に選ぶインテリ上司。常に眉間に皺を寄せていて、笑った所など見た事がない。

 故に、こんなに慌てている姿を目の当たりにして、正直驚いている。

「何をしていると聞いている!そんな荷物を持って!家出するなら天候を考えろ!」

「家はどこだ?送る」と手を取り、連れて行こうとする。……もう戻る家はないのに……

 強く掴まれている手を振りほどき、その場に足を止めた。

「おい──!」
「……帰る家なんてないんです」
「なに?」

 ポソッとつぶやいた声は雨音に消され、小野が苛立った様子で聞き返す。

「ついさっき、同棲していた彼に家を追い出されたんです。今の私に行く場所なんてないんです……」

「だから放って置いてください」そう、口にしながら拒絶する柚李を小野は黙って見つめた。

 こんな時にも表情を変えず、人に頼ると言うことを知らない。そんな柚李(部下)に「はぁ~」と溜息を吐いた。

 そして、再び柚李の手を取ると足早に歩き出した。背後から柚李の引き止める声が聞こえたが、雨音のせいにして聞こえぬフリをした。


 ***


 連れてこられた先は、立派なマンションの一室。
 白と黒を基調としたリビングは、綺麗に掃除が行き届いていて、余計なものは一切ない。まるでモデルルームのようだった。

 住んでいる人の人となりがよく分かる部屋に誰の家なのか、答え合わせは要らない。

「ほら、とりあえず身体を温めてこい」

 着替えを手渡され、浴室へと案内された。

 しばらく呆然と閉め切られたドアを見つめていたが、冷えきった身体が意識を現実へと戻してくれた。

 シャワーで汚れた身体を流し、湯船に入り冷えた身体を温める。次第に頭が今の状況に追い付いてきた。

(課長の家……)

 頭で理解してしまうと、たちまち全身が真っ赤に染まり、湯船に勢いよく顔を沈めた。

 偶然とはいえ、思いもよらない展開になってしまった……しかし、仮にも上司と部下な上、社内で"氷帝"と"氷姫"と呼ばれる二人に、万が一にも間違いなんて起こるはずがない。

「プハッ」

 顔を上げた時には、冷静な自分に戻っていた。

 少しばかり大きいTシャツに袖を通し、小野の待つリビングへ。

「何から何までありがとうございました」
「ん、あぁ……」

 ソファーでくつろぐ小野と目があったが、すぐに逸らされた。会社と変わらぬ素っ気ない態度にホッとする。

「適当に座ってろ」

 そう言って、小野は自分もシャワーを浴びるために浴室へと向かった。残された柚李は、小野が座っていたソファーへ腰を下ろした。
 改めて部屋を見渡すが、生活感のない部屋だなと思った。

(課長らしいと言えば課長らしい)

 ズルズルとソファーを沿うように頭を滑らせ、床に膝を抱えてしゃがみこんだ。

(これからどうしよう……)

 湯につかり、身体がさっぱりしたせいか、一気に不安が込み上げてきた。

 次の家が見つかるホテル生活?いや、引越し費用を考えると出来るだけ出費は抑えたい。
 ネットカフェ……は会社の近くにないし、地元じゃないから泊めてなんて軽々しく頼れる人もいない。

(いっその事、会社に寝泊まりもあり…)

 幸いな事に、うちの会社には仮眠室なる部屋がある。課長に事情を説明して、しばらく貸して貰えないか聞いてみよう。あまりいい答えは期待できないが、背に腹はかえられない。

「課長も分かってくれるだろう」
「何をだ?」

 独り言を呟いたつもりだったのに、応えが返ってきたのに驚いてビクッと肩を震わせた。

「課ちょ──」

 小野の姿を目にした途端、思わず息を飲んだ。

 火照った体を冷ますためか、スエット()は穿いているものの上半身は裸で、洗いたての髪からは水が滴っている。

 普段見せないラフな一面に驚いたのではない。普段隠されている肉体(筋肉)に驚いている。
 年齢にそぐわない引き締まった体。細身の体に程よく付いた筋肉にゴクッと喉が鳴る。

 私、小鞠柚李には隠された秘密がある。それは、肉体美好きだということ。格好良く言っているが、要はただの筋肉フェチ。

 一概に筋肉といっても、その人それぞれの鍛え方に寄り筋肉の付き方も変わってくる。見るからにガッチリ逞しい体は勿論の事、脱がなければ分らない細マッチョはギャップも相まって私の性癖を鷲掴みにする。

 そんなタイプど真ん中の体が今、目の前にある。

(……今、私はどんな顔をしている?)

 鏡が目の前にあったら間違いなく、だらしなく緩まりきった顔が映し出されているに違いない。心を落ち着かせようとするが、ずっと求めていた自分の理想が手の届くところにあれば、手を伸ばしたくなる。

(……触りたい……)

 少しだけ……そう思いながら手を伸ばした。

「小鞠!」

 小野の声に「ハッ」と我に返ると、押し倒すような形で小野に覆いかぶさっていた。完全に我を忘れていた自分にゾッとする。

「……すみません」

 冷静を保ちつつ、小野の体からゆっくりと退くと「ふはっ」と溢れるような笑い声が聞こえた。

「まさか部下に押し倒される日が来るとはな。しかもそれが、社内一冷淡(クール)で有名な小鞠ときた」

(課長の笑顔…初めて見た)

 いつもの硬い表情とは違い、目尻を下げた柔らかな笑顔の小野に目が奪われる。

「まぁ、今日は色々あったからな。気持ちが落ちつかんのだろう。客室を使っていいから、少し休め」

 そう言いながら、部屋へ案内された。促されるように部屋へ入ると、シングルのベッドが置いてあった。

「何かあったらすぐに言え」

 ポンッと頭に大きな手が置かれた。ただそれだけ。それだけなのに、その手が離れて行ってしまうのが惜しくなった。

「ん?」

 気付いたら、小野を引き留めるように腕を掴んでいた。

 ──フラれたばかりだから?家を追い出されたから?理想の体だから?それとも、課長が優しいから?

 必死に答えを出そうとするが、答えは出ない。それでも、掴んでいる手を離すことは出来ない。

 引き止められた小野は、掴んでいる細くて白い手を見てから視線を柚李に移した。

 いつもは感情が欠落してしまったように無表情で何を考えているのか分からない子が、子ウサギの様に震えている。白い肌を赤く染めてまで自分を欲する姿を見ればカタが外れるのも仕方ない。

 自然と二人の視線が合う。

「……小鞠……」

 ドキドキとどちらの心臓か分からない鼓動の音が聞こえる。

 ゆっくりと唇が触れる。深く、長く、甘く……

 外の雨は激しさを増し、雨音を立てながら窓を打ち付けている。まるで、余計な考えを打ち消すように……


 ***


 翌日──

 目が覚めると、お互いに昨晩の事には触れず、シャワーに向かったり朝食を用意したりと淡々としていた。

 今日もこれから会社で顔を合わせなきゃだし、変な気を使って空気を悪くするよりよっぽどいい。

 そうは言っても、気まずいものは気まずい。

 何事もなく顔を合わせて食事をしているが、小野の仕草一つ一つが気になって仕方ない。腕をまくれば、青く浮かび上がる血管が容赦なく視界と煩悩を奪ってくる。

(……苦行か……)

 こんな気持ち悪い嗜好、知られる訳にはいかない。

「朝食まで用意して頂いて、ありがとうございました。別々に出社した方がいいと思うので、私が先に行きます」

 片づけを済ますと、それらしい理由を並べて家を出ようとした。

「小鞠、これ」
「?」

 玄関で靴を履いていると、引き留めるように手を差し出してきた。その手には鍵が乗っている。

「行くところがないんだろう?しばらくうちを使え」

 その鍵をジッと眺めていたが、突き返すように開かれていた手を閉じた。

「……いえ、これ以上お世話になる訳にはいきません。お気持ちだけ頂戴します。あ、申し訳ありませんが、荷物だけ終業まで預かっていただけますか?」

 冷静で端的に言っているが、本当は喉から手が出そうなほど嬉しい提案。でも、そんな事は身が裂けても口に出せない。

「もしかして、昨晩の事を気にしているのか?」

 気にしてないと言えば嘘になる。言葉に詰まり、気まずそうに顔を俯かせた。傍から見たらその行動は肯定していると同じこと。

 小野は小さく息を吐くと、頭を深く下げた。

「……すまなかった。今更取り繕ることはしない。信用も信頼も出来ないのは承知の上だ。君が不安だと言うのなら、俺は会社に寝泊まりしてもいい」
「え」

 元はと言えば私が誘うようなことをしたからで、課長は何も悪くない。それなのに何故、この人はここまで……

「罪滅ぼしとは言わない。使えるものは使えばいい」

 そう言って、私の手に鍵を握らせた。

「あ、あの」
「じゃあ、また会社でな」

 反論する間もなくドアを閉められてしまった。

(まあ、会社で会うし返すタイミングはいつでもあるだろう)


 ──そう思っていたが……


「すみません。課長は?」
「あれ?さっきまでいたんだけど」

 隙を見て返すつもりだったが、この日はとことん間が悪かった。

「ああ、今から会議だって」
「今、外に出たところだよ」
「知らないなぁ。トイレじゃない?」

 ここまでタイミングが悪いと、逆に避けられているんではないかと疑いたくもなる。

「小鞠さん、珍しいね。居残り?」
「はい。これだけやり切りたいので」
「そう。じゃあ、お疲れ様」

 気付けば終業時間。小野を探すのに手間取り、自分の仕事を疎かにしてしまっていた。いつもの自分ではありえないミスだ。

「小鞠、無理するなよ」
「大丈夫です」

 今ここに残っているのは柚李と小野の二人だけ。
 あれだけすれ違っていたのに、このタイミングで顔を合わせることになるとは……

 時折、背に視線を感じつつ、黙々と仕事をこなすこと数十分。

「終わった」

 無事にやりきった。

(課長は?)

 見ると、眉間に皺を寄せたまま眠っていた。小野のディスクへ行き、パソコンを覗いてみれば画面は暗いままで電源は入っていない。

(朝言ってたこと本気?)

 会社に泊まると言っていたことを思い出し、小野の方を揺さぶり起こした。

「課長、起きてください」
「ん?あ、あぁ、終わったのか?」

 大きな欠伸と一緒に大きく伸びをする。
 椅子に持たれるように体を反らせているので、薄いシャツに体のラインが浮かび上がって、ドキッと胸が跳ねてしまう。

「課長、今朝頂いた鍵をお返しします。課長はご自分の家にお帰りください」

 いつも通り、冷静で冷淡にスッと目の前に鍵を差し出した。

「……行く宛てを見つけたのか?」
「いいえ」
「なら、その意見は却下だ。大人しく俺の家を使え」

 こちらもいつも通りの口調で、差し出した鍵を突き返してくる。

「いえ、主人が不在の家に私だけが住まうなどと言うのは都合が良すぎます。私はそこまで厚かましくはありません」
「そうは言うが、俺と一緒だとお前の気が休まらんだろ?」

 どっちも譲らずの一方通行。このままでは埒が明かない。

「……別に、課長が嫌という訳じゃないですよ……」
「ん?」

 思い切って口にした。

「昨晩の事は……課長は私に流された形ですから、どちらかと言えば被害者です。加害者である私が、のうのうと被害者宅で休む訳にはいきません」

 建前と本音が半々と言ったところ。

 昨晩は事故?で済んだが、二度目はそういう訳にはいかない。正直、魅力的な身体が目の前にあったら抱き着きたくなるのが人間の本能。

 外見は取り繕えても、煩悩までは取り繕えない。

 柚李は自分と腕をキュッと握り、バツが悪そうに視線を伏せていた。その様子を見た小野は、無音の溜息を吐いた。

「なるほどな……お前がそういう考えなら、被害者である俺が、お前を連れ帰っても文句は言えないってことだろ?」
「え!?」

 まさかの言葉に、目を見開いて驚いた。

「ははっ、そんな顔もできるのか?」

 揶揄うように言われ、すぐに表情を元に戻そうとするが、小野の笑顔に目が奪われてしまって普段の表情が分からなくなってしまった。

「そんな身構えるほど嫌なんだろ?無理はしなくていい。ま、こうしていても埒が明かんからな。一度家に帰るか」

「支度しろ」と言いながら、昨晩と同じように頭にポンッと手が置かれた。すると昨晩の熱を思い出したように、脳裏に血管が浮かび上がった首筋や汗が滲んだ体、女一人を余裕で包み込む大きな腕の映像が流れ込む。

(まずい……)

 こんな顔、課長に見られる訳にはいかない。

「どうした?」
「ッ!」

 ふいに顔を向けられ、隠れるタイミングを完全に逃した。案の定、小野は驚いた表情で柚李を見ている。

「お前…」
「ち、違うんです!あの、誤解がないようにお伝えしますが、昨晩の課長の身体を思い出しただけです!」
「は?」

 パニックの柚李は気付いていないが、これは完全に痴女同然の発言。

「いえ、あの、私、実は筋肉フェチでして、課長の身体が物凄く好みだったんです!だから、昨晩は嫌ではなかったと言うか、むしろご褒美って言うか……いえ、すみません。気持ち悪いですよね……」

 自分でも驚くほどの饒舌。からの自己嫌悪。

(やっちゃった…)

 今まで隠してきたのに、まさか自分から暴露するなんて……しかもこんなの、体目当てだって言っているようなものだし……

 フラれても出なかった涙が、ジワッと込み上げてくる。秘密を知られた事による悲しみなのか、自分の失態を嘆いてか、それとも小野に軽蔑されるのを恐れての涙なのか……

(どちらにせよ終わった)

 そんな自嘲気味の柚李の耳に「ふはっ!」と溢れるような笑い声が聞こえた。

「あはははは!氷姫と呼ばれるお前も、焦る事があるんだな!そうか、俺の体目当てだったか!」

 腹を抱えて笑う小野の姿に、柚李は驚きを通り越して呆然としてしまった。

 私の事を言うなら、課長だって()()()()見せたことないじゃない。

 なんか癪に障り、眉間に皺を寄せてふくれていると、更に笑われた。

「もう、いいです。自分で言ってても気持ち悪いですからね。こんな変態女とひとつ屋根の下なんてやめた方が良いですよ」

 今更隠す必要もないと、開き直って一人で会社を出ようとしたが、背後から覆い被さるようにドアノブに手をかけて引き留めてくる。

「すまん。揶揄っているつもりじゃない」

 背後に感じる小野の体温と息遣いに、柚李の心臓はドキドキと張り詰めているのが分かる。

「変態で結構じゃないか。……俺も白状するとな、昨夜のお前の姿が忘れられなくて、今日は一日お前の姿を目で追ってた」
「え」
「な?俺だって同じようなものだろ?」

 眉を下げ、困ったような照れ笑いをする小野と目が合う。シャツの隙間から覗く鎖骨が色っぽくて、筋張った首の喉仏が男らしさを強調してくる。

「触りたい?」

 熱い視線に気付いた小野が、わざとらしくシャツをはだけて肉体美を見せつけてくる。

「先に言っておくが、一度触れたらもう止められないからな」

 逃げ場を作っているように見えるが、肌を見せつけてくる時点で追い詰めている。

(落ち着け…ここは会社。この人は上司……)

 何度も何度も自分に言い聞かせるように繰り返す。

 大丈夫、自制心をしっかり持てばこれぐらいのこと……

 そう思っていたが

「柚李」

 耳元で囁くような優しい声で名前を呼ばれたら、自制心も理性も吹き飛んだ。

「ずるい」
「そんなズル賢い男に引っかかったんだ。諦めろ」

 ニヤッとしたり顔で微笑んだ。

 そして、壁に二人の影が重なるのが見えた……


 ***


「課長、こちらの資料ですが……」
「あぁ、あとで確認しておく。そこに置いておいてくれ」
「いいえ、早急にとご連絡頂いております。ここで待たせて頂くので、ご確認お願いします」

 言い合う小野と柚李の間に風雪が見える。

「おい、あの二人って付き合ってるんだよな?」
「それな~。隣の部署の子が同じマンションに入ってくの見たって言ってたけど、部屋入ってくかまでは見てないんだろ?」
「もしかして、()()()()()()()ってだけ?」
「その可能性ありありだな」

 同僚たちのヒソヒソと話す声が柚李の耳に届く。

 あの後、上司と部下ではなく、恋人として一緒に住む事になった。周りは色んな考察をしているようだが、私達からは公表しないと決めた。プライベートと仕事は関係ないので、わざわざ言う必要も無いだろうと結論付けた結果だ。

「俺なら彼女にもっと優しくするのになぁ~」
「しっ!本当に付き合ってるのかも分かんないだろ!?」

 そんな声が飛ぶのも当然だ。
 恋人だとしても、会社へ来れば上司と部下。私情を挟まず普段通りに振る舞う姿は流石だと思うし尊敬できる。

「よし、OK」
「ありがとうございます」

「あぁ、ちょっと待て」

 小野から手渡された書類を持って、自分の席に戻ろうとした柚李を小野が止めた。

「?なんですか」

 仕事モードの時の柚李は、話しかけるなオーラを放っているのにも関わらず、小野は平気で声をかけてくる。

 そっと柚李の側により、耳元に顔を近付けた。

「…………」
「~~~~ッ!」

 小野が何を囁くと、柚李は顔を真っ赤に染め、慌てて自分の席へ。

 その様子に、周りは大騒ぎ。

「やっぱり!」だの「小鞠さんの照れてるとこ初めて見た」だの「案外可愛い」という声が飛び交っているが、二人はまったく気にしない。

 それどころか、顔を真っ赤に染めて顔を隠す柚李を小野は愛おしそうに見つめていた。

 小野が言った言葉それは……

『愛してる』