胸の奥の、冷たい氷の穴が、彼女の流した涙の熱で、音を立ててバキバキに崩壊していく。
───あぁ、もう、ダメだ。
誰の代わりでもない。
からかい相手でもない。
俺はもう、完全にこの小さな小動物が仕掛けた、無自覚な罠の底へと真っ逆さまに落ちている。
「……花梨ちゃん」
絞り出すように呼んだ自分の声は、低く、熱く───まるで自分のものではないように酷くかすれていた。
彼女の華奢な背中に両腕を回して。
彼女の身体を、折れてしまいそうなくらいに強く、強く抱きしめ返す。
葵にもらった仕立ての良いスーツがシワになるのも。
夜中のお屋敷の静寂を乱すことも。
───もう、どうだってよかった。
息が苦しくなるほどに彼女を自分の中に閉じ込めて、涙の匂いがするその白い首筋に、深く、深く顔をうずめた。
「え……っ、こんさ……、くるし、い……っ」
驚いて俺の胸を押そうとする彼女の、わずかな抵抗すら愛おしい。
「……だめ。離さない」
耳元で吐き出された俺の呼吸が、彼女の肌を灼く。
───花梨ちゃんが、ビクッと目に見えて体を震わせた。
「男の俺に、そんな可愛いこと言うのがどれだけ命取りか、……そろそろ教えてあげなきゃ、俺の理性がもたないよ」
腕の中のこの純粋な体温を。
葵にも、実家の非情な人間にも、世界中の誰にも渡したくない。
泥泥とした、どす黒いほどの独占欲が脳内を満たしていく。
ゆっくりと顔を上げ、涙で濡れた彼女の頬を、逃がさないように両手で強く固定する。
赤くなって震える唇。
戸惑いに揺れる大きな瞳。
───いつもの、あの嘘つきな笑顔を完全に消し去って。
今度こそ、本当の剥き出しの男の目で、彼女をまっすぐに見つめ返した。
「───最初は”お試し”のつもりだったけど、……もう終わり。───ねえ、俺の、本当の女の子になってよ」



