片想いが終わる頃、恋が始まる。【完】



背を向けて歩き出す。


引き留めるような翡翠の声が背中に届いたけれど、俺は振り返らなかった。




(………はぁ。まったく、俺を当て馬にするなんて、ほんと贅沢な奴ら)


心の中でそう呟いて、苦笑する。




これでも俺は、組の中でもそれなりにモテるし、仕事だってできる自負はあった。


そんな俺があんなに綺麗にフラれるなんて、我ながら贅沢な使い方をされたものだと思う。









屋敷の影、大きな楓の木のそばまで歩いたところで、俺はふと足を止めた。


───そこには、腕を組んで木に背を預けている人影があった。



「……全部、見てたんだ」

「ああ」


我が主人───高瀬組若頭である葵は、俺の苦笑まじりの問いかけに、いつも通りのぶっきらぼうな声で応じる。


だが、その鋭い瞳には、いつもと違って、俺の覚悟をすべて受け止めたような重みがあった。






すれ違いざま、俺は葵の肩をわざと強くポンッと叩く。



いつもの柔らかい笑みを消し、ヤクザとしての、そして一人の男としての凄みを声に込めて、低く囁いた。




「葵。……翡翠を幸せにしなかったら、絶対に許さないから」

「……言われなくても、そのつもりだ。アイツのことは、俺が一生守り抜く」




葵の短い、けれど確かな決意の言葉を聞いて、俺は今度こそ本当に、前を向いて歩き出した───……