指先そっと、触れて今

「っ……。」

 『新島瑞樹』という名前を呼ばれることも、そう言っている姿もその声も耳にしたことは何度もある。ある意味商品名であるし、それをマネージャーである彼女が取り扱うことは当然だ。だからこそ、それに過剰反応したことはない。しかし今聞こえてきた音は全く違う。それこそ、自分の言葉を塞ぐには充分な破壊力をもつ程度には。

「……不意打ちで下の名前を呼ばれる気持ち、お判りいただけましたか?」
「わ、わかったけど、これめちゃくちゃいい。すごい。俺の調子がおかしかったらやってほしい。これだけで元気になる。何でもやれそう。」
「え、えっ?どういうことですか?」
「ゆーひちゃんは、俺の力を引き出す天才ってことだよ。」

 持っていたタオルでわしゃわしゃと髪を拭く。ずっとここでこうして話していたいけれど、メンバーはいずれ帰ってくるし、焼き肉にも行かなくてはならない。とどまってはいられないし、進まなくてはきっと欲しいものは手に入らない。

「……何が何だかわかりませんが、お判りいただけたようでそれはよかったです。」
「俺が『結陽』って呼ぶときは、疲れてます~構ってください~褒めてください~って時ってことだからね。」

 それを聞いた結陽は深くため息をつく。

「新島くんの取扱説明書に新しい項目が追加されましたね。しかもこれは他の方と共有しない方が良い方の情報で、……管理項目が増えただけのような気もしますが、善処はいたします。」
「うん。誰にも共有しないで。よろしくね、結陽ちゃん。」
「あまり連発しないでいただけますか?」
「えーやだ。ゆーひちゃんも呼んでくれていいよ?」
「私はこの気持ちを理解していただくために呼んだまでです。今後、新島さんの調子が悪いときには検討しますが今日の調子はそこまで悪いとは思いません。あ、でも喉は……少々お待ちください。」

 鞄の中から小さな巾着袋が出てきた。その中から取り出されたのは、黄色の小さな袋だった。

「こちら、喉のケアにどうぞ。」
「何?」
「声優の方やアーティストの方に好評と聞きまして。声のざらつきや違和感を軽減してくれるとのことです。味も新島くんの苦手なものではなかったと思います。」

 差し出されたものをそのまま受け取るのがいつもの流れだけれど、今日はほんの少し、近付きたい。甘えたい。そんな気持ちが勝った。そして瑞樹は口を開けた。