指先そっと、触れて今

「なんで、と言われましても……。あの、そもそも私が下の名前を呼ばれ慣れていないせいで、まず自分が呼ばれたと把握するまでに少しラグがあります。」
「そんなの、呼ばれ慣れたら改善するじゃん。」
「改善する必要がないんですよ。」
「じゃあ俺の呼びたい気持ちはどうなんの?」
「……気持ちをもたないでいただく他ないかと。」
「えーそれ、解決になってなくない?……あのさ、こういう、他に誰もいない時だけはいい?」

 名前を呼ぶだけで、今まで見ることのできなかった表情を一つ、見ることができるとわかってしまった。だからこそ、そう簡単には引き下がれない。

「何がです?」

 少し赤い右耳を軽く手で押さえたまま、結陽はじっと瑞樹を見据えながら問う。

「結陽ちゃんって呼ぶの。」

 自分の喉仏が動いたのが分かった。まっすぐに見つめ返しながらそう言うと、普段逸らされることのない目が揺らいでいた。耳の赤さが増していく。

「……ちょ、ちょっといい声で言わないでもらっていいですか?それは歌で使ってください。」
「元々この声なんだけど?」
「い、今、歌う前の喉の動きでした。決めるってときの動作に入ってましたよ。それは私に使う技能ではなく、舞台で使うものです。」
「……今決めたいって思うと、その前の動きで気持ちがバレるってこと……?難しいな……。」
「今決めたいって何をです?」
「まぁそれは今のゆーひちゃんは知らなくていいこと。とりあえずさ、ちゃんと周囲は確認するから、誰もいないときは呼ぶね。んで慣れてよ。これが今の俺らの落としどころでしょ?俺は呼びたい、ゆーひちゃんは外でそれは困る。じゃあ二人のときはいいよねって結論にならない?」
「……呼ぶのを諦める、にはならないんですね。」

 ため息をつきながらそう問う結陽に、瑞樹は頷いた。

「ならない。諦めないよ、どんなことも。」

 一度目を閉じた結陽はゆっくりと目を開けた。

「そうでしたね。あなたはそういう人でした。諦めが悪く、納得するまでやめない。だからどこまでも伸びていける。その声が届くまで、歌い続けることをやめることはない。それが『瑞樹くん』ですね。」