指先そっと、触れて今

「新島くん。」
「んー?」

 ぼんやりと顔を上げると、思っていた以上に近くに結陽は立っていた。

「声の伸びも音程も声量も、とても安定していました。特に声の伸びは一昨日よりも良かったです。ただ少し、気になったのですが。」
「なにー?」
「わずかではありますが掠れている箇所があったように思います。声質の特性とは少し別のもののように聞こえましたが、喉の調子で気になる部分はありますか?」

 結陽の言葉に、瑞樹は目を丸くした。自分では言い表しようのなかった違和感に気付く人は、いつだってこの人だ。彼女にしか気付けない差異を口にされるたびに期待が募る。仕事よりも一段深いところで見ていてくれるのかもしれない、と。

「っあー……すごいね、木野サン。声の出は良かったから楽しくなっちゃって、それで誤魔化せてたらいいんだけど、大丈夫だった?」
「もちろん。完成度としては全く問題ありません。むしろ同じ曲ですが、一昨日よりも安定感があり、甘さと力強さのバランスが良かったように思います。」

 ほんのりと笑顔を添えて伝えられる歌声への賛辞もある意味いつも通りだと言える。ただ、それを伝えられるたびにまた心臓がドクンと鳴る。ステージでスポットライトが当たる直前のようなビリビリとした感覚がズンと体の中を走り抜けるのだ。

「……他に、ある?」
「え?」
「ちょっと疲れてて、最近。ドラマもあったから。いつもよりも木野サンの褒め言葉欲しい感じ、かも。」
「……っ、わ、わかりました。褒め言葉ですね。」

(『疲れてる』は本当。でも『褒め言葉が欲しい』は……ごめん、かなり甘えてるわ。)

 内心そうは思っているものの、彼女の性格も把握している。自分がこう頼めば全力で全うしようとしてくれる人であるとわかっているからこんなことが言える。

「あ、でも全然合ってないやつはやめてね。誰にでも言えそうなやつ。木野サンにしか言えないやつにして。」
「……ぐっとハードルが上がりましたね。というか、ちゃんと苗字で私のことを呼べるじゃないですか。なんでさっきはいきなり下の名前で呼んだんです?余計なというか、周囲に誤解を招く表現はしないでください。今皆さんは大切な位置にいますので。」

 お願いを叶えてもらう前に説教モードに入る気配を感じ、瑞樹は少しだけしおらしい表情を浮かべた。