指先そっと、触れて今

強く動かしてしまうとノイズが入ってしまうが、そこは絶対にノイズを入れることのない絶妙な力加減なのだ。そしてそのマイクは、彼のハスキーボイスを拾う。耳元で歌われているわけではないのに、唯一無二の甘さが耳に残る。彼の声にはそういう魔性が棲んでいる。

(今日のは一昨日よりも伸びてる。……楽しそう。)

 仲間とアイコンタクトを取るとまるで子供みたいに大きな口を開けて笑う。歌声の甘さと表情のギャップにハマる人が多いと事務所では誰かに言われた。4人組の中でも一際目を引くが、歌う時以外にセンターに来ることはない。本人が何よりもそれを希望しないから。

(我が強いのよね……)

 他の3人は真面目だったり、やんちゃだったりのキャラクターをアイドルとして打ち出しつつも、基本姿勢は礼儀正しく真面目な子たちなのだ。しかし、新島瑞樹だけは違う。センターはリーダーが張るもの、の一点張りだった。そして自分は端がいいと。ダンスは明らかに劣るし、見せ場は歌でしか作れない。だから端がいいで通している。

「木野さんのお気に入りくんは、今日も絶好調じゃない。」
「変なこと言わないでください。お気に入りではなく、手がかかるの間違いです。」
「手がかかる子ほど可愛いってよく言うじゃん。実際逸材だしね。最近は演技でも頭角を現しているとか?」
「……彼に演技ができるというのは想定外でした。まぁそのタイアップ曲からこの忙しさなので、火付け役ではあります。」
「だから特別、手も目もかけてしまう、と。」

 小金井の言い方に、結陽は少しげんなりとしてモニターから顔を上げた。曲も終わって、丁度良い頃合いでもあった。

「あの、私は等しく見ていますよ。マネージャーとして特別視することは許されません。全員が等しく、私にとっては特別です。」
「ふーん。じゃあまぁ、そういうことにしておいてあげるよ。」

 全く納得していない雰囲気の小金井にムッとしながらも、結陽はため息をついた。すると結陽と小金井の間に周りよりも高い体温が割って入った。

「うちのマネージャーに嫌がらせですかー?」

 結陽よりも不機嫌な顔を隠そうともしない瑞樹が、小金井をじっと見つめていた。どうやら一人だけ先にここに来たらしい。他のメンバーは見当たらなかった。

「おお、さっきまで歌ってたのに戻ってくるの早いね。」
「ゆーひちゃんが嫌なことに巻き込まれてると困るなと思って。」
「言うねぇ。」
「小金井さん、楽しまないでください!すみません、失礼なことを。」

 結陽はぐいっと瑞樹の後頭部に手を伸ばし、そのまま無理矢理頭を下げさせる。手に直に感じる汗と体温が、さっきまでステージに立っていた人であることを感じさせる。

「申し訳ありません。失礼します。」
「はぁーい。」

 ひらひらと手を振る小金井に深く一礼をし、瑞樹の腕をむんずと掴んで一目散に控室に連れて行く。

「新島くん。」
「なにー?」
「抵抗しないでくださいね。」
「しないよ。……するわけないじゃん。」

 後ろを振り返らない結陽には見えない、瑞樹の少し照れた嬉しそうな表情を見つけてしまった小金井は軽く笑いながら呟く。

「おー……厄介なのに好かれちゃったねぇ、木野さん。」