『完璧な姉の身代わりだったはずなのに、君じゃなきゃダメだと言われるまで』(「好きな人の妹とつき合う僕ってずるいですか?」改稿版)

 ボクの家は、息が詰まる。
 サッカーで天才と呼ばれる兄・斗真と、兄に全ての期待をかける厳格な父。何一つ取り柄のないボクは、この家では透明人間のような存在だった。
 おまけに父は、かつて兄を振った京美先輩を憎んでいて、その妹である苺梨と付き合うボクに「さっさと別れろ」と冷たい言葉を浴びせる。

 自分の部屋のベッドに倒れ込み、ボクは腕で目を覆った。

「わかってるよ……」

 でも、あんなに真っ直ぐにボクを慕ってくれる女の子を、自分から振るなんて、ボクの弱さじゃできっこなかった。

「センパイ、今度の日曜日、遊園地に行きませんか?」

 部室でお弁当を食べている時、苺梨が少し緊張した面持ちで誘ってきた。その日は、京美先輩のインターハイ地区予選の決勝の日だった。

「お姉ちゃんなら大丈夫、絶対優勝するよ。それとも……アタシといるより、お姉ちゃんの応援に行きたい?」

 上目遣いで、どこか縋るような瞳。優柔不断なボクは、その光に気圧されて頷くしかなかった。

 日曜日。こぢんまりとした遊園地で、苺梨はボクの腕にそっと自分の腕を絡めてきた。柔らかくて、あたたかい体温。

「ふふ、初体験。アタシがセンパイの初めて、もらっちゃった」

 悪戯っぽく笑う苺梨の横顔は、眩しいくらいに綺麗だった。

 だけど、お昼過ぎ。ハンバーガーを食べながら、ボクはスマホで先輩の試合速報を気に揉んでいた。そんなボクの視線に気づいた苺梨の表情から、すっと温度が消える。

「……名前」
「え?」
「センパイ、アタシと付き合ってから、一度もアタシの名前を呼んでくれてないよ」

 ハッとした。ボクはいつも「キミ」とか「磐崎さん」と濁していた。
 苺梨は、悲しそうに、でも愛おしそうに目を細めた。

「無理やり付き合わせちゃって、ごめんね。センパイがお姉ちゃんを好きなの、知ってたよ」

 胸を鋭い刃物で刺されたような衝撃が走る。
 何も言えないボクを置いて、苺梨は「お姉ちゃん、絶対に勝つから」と微笑んだ。

 だけど、その日の夕方。京美先輩が準決勝で、まさかの敗退を喫したという報せが届いた。
 駅のホームで、苺梨は膝から崩れ落ちるようにして泣いた。

「アタシが、わがまま言ってセンパイをここに閉じ込めてたから……っ。センパイの言う通り、応援に行ってたら、お姉ちゃんは負けなかったかもしれないのに……!」
「苺梨、それは違う――」
「ごめんなさい……っ! もう、ごめんなさい!」

 ボクが伸ばした手を拒むように、苺梨は激しく閉まりかけた電車のドアへと飛び乗り、そのまま行ってしまった。