陽炎に揺れる夢

それから、放課後に委員会の仕事がある日は、帰りにファミレスでお茶をするようになった。

周囲の人から見れば、きっとカップルに見えるだろう。
でも、恋人ではない。

(友達……なのかな)

それは、お互いに「人と話せるようになる」ためのトレーニング。

普通の関係には当てはまらない、少し不思議な関係。

その距離感が、私は一人じゃないんだと、そっと教えてくれた。

「そういえばさ、遠野。
そのパンダのキーホルダー、手作りだって言ってたよな? インスタにも、たくさん写真あげてるし。
それなのに、他には何も身につけてないんだな」

そこまで言って何かに気付いたのか、朝比奈くんは手のひらを前へ突き出した。

「……あ、待って。今、夏だからか。毛糸は暑いもんな」

「ふふふ、そうだね。確かに毛糸だと暑いね」

私がそう言うと、朝比奈君は、クイズに正解した子どもみたいな、無邪気な笑顔を見せた。

「でもね、編み物って、あったかい毛糸だけじゃないんだよ」

「えっ?」

目の前の朝比奈君は、百面相だ。

「レース編みっていうのがあってね。それだと、涼しげなバッグや小物とかも作れるの。こういうの、見たことない?」

そう言って、スマホで写真を見せる。

「あっ、確かに見たことある。
そっか、網目で空間ができるから、逆に涼しく見えるのか」

朝比奈君は、真剣な目で、私の作った作品を見ていた。

差し出したままのスマホを、私は引っ込めることができない。
そのまま、時間が止まったみたいに、沈黙が落ちる。

カラン。

氷が溶けて、グラスの中で崩れた音が、小さく響いた。

それを合図みたいにして、

「すげーな」

と、朝比奈君は、ようやく姿勢を戻した。

「前から思ってたんだけどさ、遠野って、色のセンスいいよな。
なんか、『普通はそこにその色、置かないだろ』って思うような配色なのにさ。
それが、ちゃんとお互いの色を引き立て合ってて……
すげー、かっこいいんだよ」

「ほんと……? そう言ってもらえて、すごく嬉しい……」

思わず、声が弾んでいた。
次の瞬間、自分から出た声の大きさに驚いて、慌てて両手で口を押さえる。

「はは、声おっきい」

朝比奈君が、可笑しそうに笑った。

それにつられて、私も笑う。

二人の笑い声が、テーブルの上で、ふわっと重なった。

「……ごめん。今から、ちょっと失礼なこと言うかもしれない。嫌だったら、聞き流してくれていいから」

そう前置きして、朝比奈君は私の顔を見た。
私は何も言わずに、視線だけで返す。

それを「続けてもいい」と受け取ったのか、彼は小さく息を吸ってから、話し始めた。

「遠野ってさ……すごく『今時の女子』だと思うんだよ。
流行りもちゃんと取り入れてるし、センスもいいし、インスタもやってるしさ」

それから、少しだけ言いにくそうに、続ける。

「なのに……遠野の“引っかかってるところ”って、どこなんだ?」

「…………」

すぐには、答えが出てこなかった。

「……わからない……」

自分の口から出たその言葉は、思っていたよりも頼りなかった。

確かに、祖母が亡くなってから、家の中の空気はずいぶん穏やかになった。
いびり合いみたいな緊張も、もうない。

子どもの頃、からかわれていた腕も、今では「太い」どころか、むしろ「細すぎる」くらいだ。

それでも――

「……たぶん、勇気がないんだと思う」

世間が怖い、っていう気持ちが……どうしても、なくならない。

ファミレスの窓から見える木々は、影を長く伸ばしていた。

夏の、十七時過ぎ。

ついさっきまでギラギラと居座っていた太陽は、明日への力を蓄えるみたいに、少しずつ休む準備を始めている。

「……ごめん」

朝比奈君は、少し困ったように笑った。

「俺も同じだからさ。結局……やっぱり、似た者同士なんだな」

それから、少しだけ視線を落として言う。

「正直に言うと……
『こんなにできる遠野が、もしみんなに認められたら、俺も変われるんじゃないか』って……
そんな都合のいい希望を、勝手に重ねてただけなんだ」

「俺、遠野に縋(すが)ってたんだと思う」

朝比奈君は、私につむじが見えるくらい、深く頭を下げた。それから、ゆっくりと顔を上げて、私を見る。

「……お互い、この先どうすればいいか。これから、少しずつ考えていこう」

そう言って、朝比奈君は、ほんの少しだけ照れたみたいに笑った。