陽炎に揺れる夢

朝比奈君はその日の夜に、ご両親に伝えたらしく、スマホに『無事に説明できました。
今度、父と事務所に行ってきます』と送られてきた。

翌日、教室の自分の席に座っている朝比奈君の背中を見つめた。

それは、いつもよりもはっきりと見える。

彼の周りに立ち上っていた陽炎は、その勢いを緩めていた。

「遠野さん、おはよう」

「おはよう」と、クラスメイトは当たり前のように挨拶をしてくれるようになっていた。

「遠野さん、明日から冬休みだね。ねぇ、冬休みも連絡してもいいかな? ID交換しない?」
と編み物グループの人が声をかけてきた。

(⁉︎ ID交換?)

(冬休みにも連絡?)

ビックリする申し出に、一瞬固まってしまったが、ポケットからスマホを取り出して、
「うん」と答えた。

教室が今日はとてもクリアに見える。

私の陽炎も、朝比奈君と同じで、少し薄くなってきているのかもしれない。

私の机の上には鞄が置いてある。その鞄には、カラフルな毛糸で編まれた小さなパンダがそっと揺れている。

私はそのパンダを優しく手に取り、朝比奈君がこの子を拾った日のことを思い出した。

よく「運命の赤い糸」と言うけれど、私たちの物語は、この「カラフルな糸」で編まれた小さなパンダから始まった。

そして、「並木さんの糸」「編み物グループの糸」――たくさんの色の糸が、隠れたがっていた私の手を引っ張り出してくれた。

(朝比奈君は、このパンダの配色を「センスある」って褒めてくれたんだったな)

(白黒にしなくてよかった)

白黒…。

そうか。

私は、このパンダを色とりどりの毛糸で作っていたんだ。

もう、とっくに自由だった。固定観念に縛られてはいない。

その自由な配色を、朝比奈君は褒めてくれていた。

ずっと、自分はひどく醜い人間だと思っていた。

でも、もしかしたら、それも私の個性の一つとして認めていいんじゃないか――そう思えるようになった。

(この前髪も、もう私の個性の一部かな――)

なんて、一人で笑ってしまった。

人はすぐには変われない。

私の分厚い前髪も、その重さの分の怖さを抱えてる。

それでも、私はこの教室に存在し、確実に一歩を踏み出すことができている。

私を救ってくれた朝比奈君もまた、夢に向かって少しずつ動き始めた。

私たちの陽炎は、少しずつ薄れ、私たちの見る景色を色鮮やかに見せてくれるだろう。

『不織布マスクにつけるチャームと、ニット帽を作りました。またあの公園で撮影させてください』


                   Fin.