陽炎に揺れる夢

「あっ、また間違えちゃった…。あれ?今、何段編んだっけ?」

ファミレスから家に帰ったその夜、私はぼーっとしながら編み物の続きをしていた。

朝比奈君が大きく頷いてから、どこかふわふわした感じが抜けない。

家までの帰り道も、朝比奈君と何を話したのか、あるいは無言だったのか、はっきり思い出せない。

朝比奈君の「モデルになりたい」という気持ちを確認した三枝さんは、彼に救いの手を差し伸べてくれた。

それはあまりに非現実的で、まるで夢の中に迷い込んだかのようだった。

ただ、確かなことが一つある。

三枝さんは、朝比奈君に安心を与えてくれる人。そして、彼の扉を開いてくれる人。

「今は、並木さんのスマホケースに集中しなくちゃ」

彼女のことを思いながら、三枝さんのことは頭の片隅に追いやった。

週の始め、月曜日の朝。

教室で、出来上がったスマホケースを並木さんに渡すと、とても喜んでくれた。

余った毛糸を返そうとしたら、

「100均で買った安い毛糸だけど、よかったらもらってくれないかな」

と言ってくれたので、私は小さく「ありがとう」と、彼女だけに届くような声でお礼を言った。

彼女は「見て見てー」と跳ねるように友達の席へ行くと、

「可愛い」「すごいね」と褒めてくれている声が聞こえてきた。

その様子を見ていた周りの人たちの視線が、私に向けられている気がして、急いで自分の席に戻った。

その日の昼休み。

お弁当を食べて教室に戻ると、

「あの、遠野さん……」

と、少しおとなしいグループの女子三人が、私の席に集まってきた。

何を言われるのかわからず、返事もできずにいると、

「私たちね、最近、編み物を始めたの。でも、なかなかうまくできなくて……。編み物の本も買ってみたんだけど、記号みたいなのがたくさんあって、よくわからないの。だから、遠野さん、教えてもらえないかな」

そう言って、彼女は買ってきた本を、私の机の上にそっと置いた。

最近、人気の女優さんが編み物にハマっているってSNSに上げたのをきっかけに、ちょっとした編み物ブームが来ているらしい。

きっと彼女たちも、その波に乗ったのだろう。

「私たちが編んでるそばにいてもらえないかな。わからないところがあったら、教えてほしくて……」

私が『人に教える』なんて、できるのだろうか……。

でも、ここで「できません」と言う方が、今の私にはもっと難しい。

私は、こくりと頷いた。

「ほんと! 嬉しい、ありがとう。
明日から、ここに来て編んでもいいかな」

と言われ、私は少し戸惑いながらも、結局、首を縦に振ることしかできなかった。

ポケットの中のスマホが震えた。

確認すると、朝比奈君からで、

『良かったね。遠野さん、一歩前進だ。俺も頑張れるよ』

と表示されていた。

私はガバッと顔を上げ、思わず朝比奈君の方を見ようとしたけれど、思いとどまって、代わりに『うん』とだけ返信した。

キーン コーン カーン コーン……

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

それは、私が一日中、この席で一人きりで過ごす時間に、そっと終わりを告げる音のように聞こえた。