部屋の中を行ったり来たり落ち着かない。
「こんな時は編み物だ!」と、並木さんに頼まれていたスマホケースを思い出し、もらった毛糸を出す。
一編み一編み、『作り目』を作っていくと、スイッチが入ったみたいに集中し始めた。
こうなってしまえば、時間なんてあっという間に過ぎる。
機械みたいに、一定のリズムで編んでいく。
毛糸の穴から次々と、新しい糸が顔を出す。
コロコロコロ……
巻き直して、差し色用に用意していた私の毛糸が転がってしまった。
それを取ろうと下に手を伸ばした時、時計が目に入る。
「……ッ!」
ガタンッ。
「うわーっ、もう、こんな時間!?」
やばい! 私が遅刻するわけにはいかない。
慌てて支度を整えて、駅までダッシュで向かう。
ハァ、ハァ、ハァ……。
こん……な……に……走っ……たの……は……
い、い、いつぶり……だ……。
いつものファミレスに三枝さんが来てくれることになり、その最寄り駅で、朝比奈君と待ち合わせをしている。
自宅近くの駅から二つ先の駅で降りると、朝比奈君が昨日と同じように待っていた。
無言でファミレスまで歩く。
私は朝比奈君の高いところにある背中を見上げる。
今日、良くも悪くも、彼の人生が大きく変わるだろう。
15時のファミレス。
土曜日なので若い人が多いが、店内に広がる空気はいつもと変わらない。
その中に、こちらに気づくと、すっと席を立った男性がいた。
「あの……。三枝さんですか?」
私は、立っている男性に近づくと、そう声をかけた。
朝比奈君は、少し離れたところで、足を前に運べずに立ち尽くしている。
「はい。三枝です。 ボータンさんですか?」
そう問う三枝さんの目は、私の重たい前髪に向けられていた。
逃げ出したい思いをその奥へ押し込むと、
「はい」
と頷いた。
三枝さんは、「どうぞ」と席をすすめてくれた。
私は一度、朝比奈君のところへ戻り、「大丈夫だよ」と声をかける。
そして、そっと腕を引いて、そのまま席まで連れていき、座らせた。
三枝さんは、私と朝比奈君の前に名刺を差し出した。
「改めまして、オリオン・プロモーションの新人開発部に所属しております、三枝 大樹と申します」
「えっと……ボータンさんは、彼のご兄弟ですか?」
三枝さんの視線が、私と朝比奈君の間を行き来している。
「いえ。私たちはクラスメイトです」
私から出たその言葉はとてもか細い。
三枝さんは、聞き返すことなく、そうですかと頷いてくれた。
「お二人のことを色々聞かせていただいても構いませんか? もちろん、今日初めて会ったので、全てを聞こうとは思っていません。言いたくなければ無理して答えなくて大丈夫ですよ。」
私たちは顔を見合わせると、もう一度前を向いて頷いた。
「まず、お名前を伺ってもいいですか?」
そう言って、三枝さんはメモ帳とボールペンをすっと差し出してくれた。
……大人だ。
おそらく、私たちがどんな人物なのか、察してくれているのだろう。
私は朝比奈君にメモ帳を渡す。
(頑張れ)と、心の中で応援した。
彼はボールペンを握ると、震える手で『朝比奈 彗』と書き、読み方も添えた。
『あさひな すい』
「あの、できれば年齢も教えてもらえますか?」
三枝さんがそう付け加えたので、名前の隣に(17)と書き足す。
ふぅ、
と朝比奈君は息を吐いた。
それから、メモ帳を私のほうへ寄せてくる。
(私も?)と思って三枝さんを見ると、
「ボータンさんも、よければお願いします」
そう言って、こちらに視線を向けた。
『遠野 日和』
『とおの ひより』(17)
私は、メモを180度回転させると、三枝さんの方へ押し出した。
「朝比奈君と、遠野さんですね。 今、高校二年生ですか?」
二人は、こくんと頷いた。
それを見届けると、三枝さんは、まっすぐに朝比奈君を見つめた。
「朝比奈君。君は、モデルに憧れているんだよね」
三枝さんは、朝比奈君を安心させるように、
「大丈夫。素直に答えてくれて構わないよ。
正直な気持ちを、聞かせてくれないかな」
そう言って、優しく微笑んでくれた。
私は、朝比奈君を見守る。
(お願い、朝比奈君……。お願い……)
祈るように、彼に視線を送る。
朝比奈君は、ゆっくりと頭を下げた。
ファミレスの喧騒が、耳に届く。
私たちは、ちゃんとこの楽しい空間の一部になれているような気がした。
「こんな時は編み物だ!」と、並木さんに頼まれていたスマホケースを思い出し、もらった毛糸を出す。
一編み一編み、『作り目』を作っていくと、スイッチが入ったみたいに集中し始めた。
こうなってしまえば、時間なんてあっという間に過ぎる。
機械みたいに、一定のリズムで編んでいく。
毛糸の穴から次々と、新しい糸が顔を出す。
コロコロコロ……
巻き直して、差し色用に用意していた私の毛糸が転がってしまった。
それを取ろうと下に手を伸ばした時、時計が目に入る。
「……ッ!」
ガタンッ。
「うわーっ、もう、こんな時間!?」
やばい! 私が遅刻するわけにはいかない。
慌てて支度を整えて、駅までダッシュで向かう。
ハァ、ハァ、ハァ……。
こん……な……に……走っ……たの……は……
い、い、いつぶり……だ……。
いつものファミレスに三枝さんが来てくれることになり、その最寄り駅で、朝比奈君と待ち合わせをしている。
自宅近くの駅から二つ先の駅で降りると、朝比奈君が昨日と同じように待っていた。
無言でファミレスまで歩く。
私は朝比奈君の高いところにある背中を見上げる。
今日、良くも悪くも、彼の人生が大きく変わるだろう。
15時のファミレス。
土曜日なので若い人が多いが、店内に広がる空気はいつもと変わらない。
その中に、こちらに気づくと、すっと席を立った男性がいた。
「あの……。三枝さんですか?」
私は、立っている男性に近づくと、そう声をかけた。
朝比奈君は、少し離れたところで、足を前に運べずに立ち尽くしている。
「はい。三枝です。 ボータンさんですか?」
そう問う三枝さんの目は、私の重たい前髪に向けられていた。
逃げ出したい思いをその奥へ押し込むと、
「はい」
と頷いた。
三枝さんは、「どうぞ」と席をすすめてくれた。
私は一度、朝比奈君のところへ戻り、「大丈夫だよ」と声をかける。
そして、そっと腕を引いて、そのまま席まで連れていき、座らせた。
三枝さんは、私と朝比奈君の前に名刺を差し出した。
「改めまして、オリオン・プロモーションの新人開発部に所属しております、三枝 大樹と申します」
「えっと……ボータンさんは、彼のご兄弟ですか?」
三枝さんの視線が、私と朝比奈君の間を行き来している。
「いえ。私たちはクラスメイトです」
私から出たその言葉はとてもか細い。
三枝さんは、聞き返すことなく、そうですかと頷いてくれた。
「お二人のことを色々聞かせていただいても構いませんか? もちろん、今日初めて会ったので、全てを聞こうとは思っていません。言いたくなければ無理して答えなくて大丈夫ですよ。」
私たちは顔を見合わせると、もう一度前を向いて頷いた。
「まず、お名前を伺ってもいいですか?」
そう言って、三枝さんはメモ帳とボールペンをすっと差し出してくれた。
……大人だ。
おそらく、私たちがどんな人物なのか、察してくれているのだろう。
私は朝比奈君にメモ帳を渡す。
(頑張れ)と、心の中で応援した。
彼はボールペンを握ると、震える手で『朝比奈 彗』と書き、読み方も添えた。
『あさひな すい』
「あの、できれば年齢も教えてもらえますか?」
三枝さんがそう付け加えたので、名前の隣に(17)と書き足す。
ふぅ、
と朝比奈君は息を吐いた。
それから、メモ帳を私のほうへ寄せてくる。
(私も?)と思って三枝さんを見ると、
「ボータンさんも、よければお願いします」
そう言って、こちらに視線を向けた。
『遠野 日和』
『とおの ひより』(17)
私は、メモを180度回転させると、三枝さんの方へ押し出した。
「朝比奈君と、遠野さんですね。 今、高校二年生ですか?」
二人は、こくんと頷いた。
それを見届けると、三枝さんは、まっすぐに朝比奈君を見つめた。
「朝比奈君。君は、モデルに憧れているんだよね」
三枝さんは、朝比奈君を安心させるように、
「大丈夫。素直に答えてくれて構わないよ。
正直な気持ちを、聞かせてくれないかな」
そう言って、優しく微笑んでくれた。
私は、朝比奈君を見守る。
(お願い、朝比奈君……。お願い……)
祈るように、彼に視線を送る。
朝比奈君は、ゆっくりと頭を下げた。
ファミレスの喧騒が、耳に届く。
私たちは、ちゃんとこの楽しい空間の一部になれているような気がした。



