平日だと遅くなってしまい電話はできないし、
土日は会社も休みだろう。
だから、テスト最終日の午後に電話をかけることに決めた。
その間、私は電話の原稿を書き、何度も声に出して読む練習を繰り返した。
「大丈夫、三枝さんは敵じゃない…」
「大丈夫、私が朝比奈君の力になるんだ…」
そう自分に言い聞かせながら…
テスト前で諸活動停止期間に入り、部活も委員会もない。
休み時間、テスト勉強をしていると、文化祭の衣装班の子たちが近づいてきた。
「ねぇ、遠野さん。勉強してる時にごめん。これ……」
そう言って差し出された彼女のスマホには、私が作ったスマホケースの画像が映し出されていた。
心臓が速くなり、ドクドクと音を立てて、周りに聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい大きく感じる。
「ボータンのインスタなんだけど、ここに写ってるスマホケースを作ってもらうことはできないかな……」
彼女はそう続けた。
一瞬、私の正体がバレたのかと思って焦っていたので、拍子抜けしてしまい、そのまま何も言えずに固まってしまった。
その態度で「無理」だと判断したのか、
「難しいよね。ごめんね、邪魔しちゃって」
そう言って身体の向きを変えようとしたその子に、
「あの……」
私は思わず、そう呼びかけていた。
彼女は振り返る。
その動作をきっかけに、周りの視線が一斉にこちらへ向いた気がして、緊張で冷や汗が滲んできた。
「できると思う……」
「えっ?」とスマホを差し出してきた子が聞き返すと、
「できると思うって」
と、隣にいた子が伝言ゲームのように繰り返してくれた。
「ホント? 作ってもらえる?」
私は小さく頷いた。
「やったー。嬉しい。私、ボータンの作ったもの大好きなの」
「それで、どうしてもあのスマホケースが欲しくて」
そう言うと、別の子が、
「あの男の子とお揃いにしたいんでしょ?」
と茶化す。
「うっ、それもそうだけど…」
「でも、本当にボータンの作品のファンだもん」
と、彼女は頬を膨らませた。
「いくらでやってもらえる? 千円くらいでやってもらえたりすると、ありがたいんだけど……」
今の会話だけでも、嬉しいことをたくさん言ってもらった気がして、胸の中がじんわりと温かくなった。
ボータンを褒めてくれている。それは、私を褒めてもらっているということだ。
しかも、お金を払ってまで欲しいと言ってくれた。
「そんな、いらないよ」
「でも……。できたら、100均で売ってるプラスチックのスマホケースと、好きな色の毛糸。それから、どんな色にしたいかの絵を描いてきてもらえないかな……」
意外にも、私の口は滑らかに動いた。
ちゃんと、伝えたいことを伝えられている。
自分のことなのに、少し離れたところから見ているみたいだった。
毎日のように電話の練習をしているから、少しずつ声が出るようになってきたのかもしれない、と思った。
お昼ご飯を済ませて、五時間目の用意をしていると、スマホケースを頼んできた子が私のところに来た。
「さっそく、デザイン描いてきたんだけど、買い物に行く前に見てもらいたいなと思って」
ノートの切れ端に、綺麗に色が塗られた絵を、私の前に置く。
「どうかな?」
私の反応をうかがうように、そう言った。
私は静かにそれを手に取って、頭の中で形にしていく。
それは、私が朝比奈君に作ったアーガイル柄の、色違いだった。
「……綺麗だね」
私は小さく呟く。
「良かった。じゃあ、この色の毛糸を探してくればいいんだよね。同じ色、あるかなぁ」
少し心配そうで、それでもワクワクしているような声で、独り言みたいに言う。
「あの……。ここの細い線は、そんなに毛糸を使わないから、買わなくても大丈夫です。私、持ってるから……」
「えっ、いいの? でも、遠野さんの毛糸もらっちゃうことになるよね」
そうやって気にしてくれるだけで、もう十分だった。
「嬉しいから。私を頼ってくれて。話しかけてくれて。だから、そのお礼……です」
そう言った瞬間、彼女の周りの空気が一瞬、ピリッとした気がして、はっとして顔を見る。
「遠野さん。私はね、遠野さんのこと、クラスメイトだと思ってるし、なんなら文化祭の時、助けてくれた恩人だと思ってるんだよ」
「そんなすごい遠野さんのこと、そんなふうに自分を下げるみたいな言い方しないで」
わざと『怒ってます』みたいな顔で、彼女はそんなふうに言ってくれた。
彼女の言葉を噛み締めるように、私は彼女を見つめたまま、心の中で何度もリピートする。
(遠野さん。私はね、遠野さんのこと、クラスメイトだと思ってるし、なんなら文化祭の時、助けてくれた恩人だと思ってるんだよ。
そんなすごい遠野さんのこと、そんなふうに自分を下げるみたいな言い方しないで……)
こくん
と、頷いた。
(ありがとう)
「じゃあ、買ってくるね。
急がないから、テストが終わってからでいいからね」
そう言って、彼女は自分の席に戻っていった。
その様子を、朝比奈君は見守ってくれているようだった。
彼の方に顔を向けると、彼は小さく頷いた。
午後の日差しが入り込んだ、暖かな教室。
温かな言葉と、温かな眼差し。
私の陽炎は、少しだけ緩やかに立ち昇っていた。
土日は会社も休みだろう。
だから、テスト最終日の午後に電話をかけることに決めた。
その間、私は電話の原稿を書き、何度も声に出して読む練習を繰り返した。
「大丈夫、三枝さんは敵じゃない…」
「大丈夫、私が朝比奈君の力になるんだ…」
そう自分に言い聞かせながら…
テスト前で諸活動停止期間に入り、部活も委員会もない。
休み時間、テスト勉強をしていると、文化祭の衣装班の子たちが近づいてきた。
「ねぇ、遠野さん。勉強してる時にごめん。これ……」
そう言って差し出された彼女のスマホには、私が作ったスマホケースの画像が映し出されていた。
心臓が速くなり、ドクドクと音を立てて、周りに聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい大きく感じる。
「ボータンのインスタなんだけど、ここに写ってるスマホケースを作ってもらうことはできないかな……」
彼女はそう続けた。
一瞬、私の正体がバレたのかと思って焦っていたので、拍子抜けしてしまい、そのまま何も言えずに固まってしまった。
その態度で「無理」だと判断したのか、
「難しいよね。ごめんね、邪魔しちゃって」
そう言って身体の向きを変えようとしたその子に、
「あの……」
私は思わず、そう呼びかけていた。
彼女は振り返る。
その動作をきっかけに、周りの視線が一斉にこちらへ向いた気がして、緊張で冷や汗が滲んできた。
「できると思う……」
「えっ?」とスマホを差し出してきた子が聞き返すと、
「できると思うって」
と、隣にいた子が伝言ゲームのように繰り返してくれた。
「ホント? 作ってもらえる?」
私は小さく頷いた。
「やったー。嬉しい。私、ボータンの作ったもの大好きなの」
「それで、どうしてもあのスマホケースが欲しくて」
そう言うと、別の子が、
「あの男の子とお揃いにしたいんでしょ?」
と茶化す。
「うっ、それもそうだけど…」
「でも、本当にボータンの作品のファンだもん」
と、彼女は頬を膨らませた。
「いくらでやってもらえる? 千円くらいでやってもらえたりすると、ありがたいんだけど……」
今の会話だけでも、嬉しいことをたくさん言ってもらった気がして、胸の中がじんわりと温かくなった。
ボータンを褒めてくれている。それは、私を褒めてもらっているということだ。
しかも、お金を払ってまで欲しいと言ってくれた。
「そんな、いらないよ」
「でも……。できたら、100均で売ってるプラスチックのスマホケースと、好きな色の毛糸。それから、どんな色にしたいかの絵を描いてきてもらえないかな……」
意外にも、私の口は滑らかに動いた。
ちゃんと、伝えたいことを伝えられている。
自分のことなのに、少し離れたところから見ているみたいだった。
毎日のように電話の練習をしているから、少しずつ声が出るようになってきたのかもしれない、と思った。
お昼ご飯を済ませて、五時間目の用意をしていると、スマホケースを頼んできた子が私のところに来た。
「さっそく、デザイン描いてきたんだけど、買い物に行く前に見てもらいたいなと思って」
ノートの切れ端に、綺麗に色が塗られた絵を、私の前に置く。
「どうかな?」
私の反応をうかがうように、そう言った。
私は静かにそれを手に取って、頭の中で形にしていく。
それは、私が朝比奈君に作ったアーガイル柄の、色違いだった。
「……綺麗だね」
私は小さく呟く。
「良かった。じゃあ、この色の毛糸を探してくればいいんだよね。同じ色、あるかなぁ」
少し心配そうで、それでもワクワクしているような声で、独り言みたいに言う。
「あの……。ここの細い線は、そんなに毛糸を使わないから、買わなくても大丈夫です。私、持ってるから……」
「えっ、いいの? でも、遠野さんの毛糸もらっちゃうことになるよね」
そうやって気にしてくれるだけで、もう十分だった。
「嬉しいから。私を頼ってくれて。話しかけてくれて。だから、そのお礼……です」
そう言った瞬間、彼女の周りの空気が一瞬、ピリッとした気がして、はっとして顔を見る。
「遠野さん。私はね、遠野さんのこと、クラスメイトだと思ってるし、なんなら文化祭の時、助けてくれた恩人だと思ってるんだよ」
「そんなすごい遠野さんのこと、そんなふうに自分を下げるみたいな言い方しないで」
わざと『怒ってます』みたいな顔で、彼女はそんなふうに言ってくれた。
彼女の言葉を噛み締めるように、私は彼女を見つめたまま、心の中で何度もリピートする。
(遠野さん。私はね、遠野さんのこと、クラスメイトだと思ってるし、なんなら文化祭の時、助けてくれた恩人だと思ってるんだよ。
そんなすごい遠野さんのこと、そんなふうに自分を下げるみたいな言い方しないで……)
こくん
と、頷いた。
(ありがとう)
「じゃあ、買ってくるね。
急がないから、テストが終わってからでいいからね」
そう言って、彼女は自分の席に戻っていった。
その様子を、朝比奈君は見守ってくれているようだった。
彼の方に顔を向けると、彼は小さく頷いた。
午後の日差しが入り込んだ、暖かな教室。
温かな言葉と、温かな眼差し。
私の陽炎は、少しだけ緩やかに立ち昇っていた。



