名もなき空に、青い風が吹く

 「もしかして、叔父さんのお化けでも視え
た?」

 再びゆっくり目を開けたわたしに、またし
ても大翔が不謹慎な冗談を口にする。でも、
いまはそんなことに突っ込む余裕はない。

 「大翔、絶対にわたしが助けるからね!!」

 彼の手を強く握り返すと、わたしは大真面
目な顔で意味不明なことを口にしたのだった。





 四十七、四十八、四十九……だんだん苦し
くなってくる。鼻から漏れた息が気泡となっ
て、深碧(しんぺき)の水中をたゆたう。だけどまだ止め
られる。もう少し。五十三、五十四、五十五
……五十八。ダメだ、苦しい。空気が欲しい。

 お湯に潜るたびに息をしないと生きていけ
ないんだって、実感する。息を止めるたびに
自分は生きていたいんだって、死にたくない
んだって、思い知らされる。

 血液中に二酸化炭素が溜まり、やがて限界
がやってくる。わたしは潜っていた湯船から
ザバッと起き上がると、思いっきり浴室内の
空気を吸った。

 「ぷはーーっ!!」

 髪から温かな湯が滴り落ちる。肩で息をし
ながら額に、頬に貼りついた髪を両手で拭う。
たった六十秒息を止めただけでこんなに苦し
いのだ。冷たい水の中で溺れ死んだいっくん
は、どんなに苦しかっただろう。息を吸いた
くても吸えなくて、たくさん水を飲んで……。

 彼の苦しみを想像すると胸が張り裂けそう
になる。それでも、わたしはこうして湯船に
潜ることを止められない。少しでもいっくん
の苦しみを味わいたいと思うから、儀式のよ
うに毎晩繰り返す。

 入浴剤が溶け込んだお湯越しに天井を見つ
め数を数えている間は、ほんの少しだけ罪悪
感が薄れ、気持ちが楽になるから。

 やばいな、わたし。
 そうとう病んでる。

 希死念慮があるわけではないにしろ、毎晩
こんな自虐行為をしている自分に苦笑いして
しまう。いつまで続けるんだろう。こんなこ
としたっていっくんを犠牲にして助かった罪
は消えないのに。

 そんなことを思って、大きく息をついた時
だった。

 「お姉ちゃん、入るよっ!!」

 ふいに絶叫に近い声が聞こえたかと思うと、
勢いよく浴室の扉が開いた。