名もなき空に、青い風が吹く

 「もしかして足、痛めたの?」

 声が耳に飛び込んできたと同時に目の前の
光景が元に戻る。一点を見つめたまま、時が
止まったように呆けているわたしを鷲塚さん
がじっと見つめている。わたしは彼女の問い
には答えず、代わりに両手で手を握りしめた。

 「あなたとお友だちになりたいの。連絡先、
交換しよ!」

 頷くまで手を離さないぞ、という気迫を込
めて言うと、彼女は形の良い眉を思いっきり
寄せて一歩後ずさったのだった。





 『緊急案件発生。大至急、汐風公園に集合』

 そんなキナ臭いメッセージで大翔を呼び出
したわたしは、待ちくたびれた頃にのんびり
やって来た大翔に頬を膨らませた。

 「遅いよ、既読ついてから一時間以上経っ
てるじゃん」

 開口一番そう口にすると、大翔は怠そうに
コキコキと首を鳴らす。わたしの隣に腰かけ
ると、足を組んで言った。

 「母さんの買い物に付き合ってたんだって。
荷物放り出して帰るわけにいかないだろ。自
転車すっ飛ばして来たんだから、文句言うな」

 不貞腐れてもっともなことを言った大翔に、
言葉が詰まってしまう。休日の夕方に急に呼
び出されて困らない人がどれほどいるだろう。

 「買い物付き合ってあげるなんて、相変わ
らずやさしいね」

 謝る代わりになんとなくフォローをすると、
わたしはさっそく本題に入った。なんの前置
きもなく、いきなり直球を投げる。

 「大翔さ、鷲塚さんって人知ってる?髪が
長くて、目鼻立ちがはっきりしたきれいな人
なんだけど」

 名前と特徴を口にすると、大翔はわずかに
目を見開いた。

 「写真部の部長が鷲塚っていう名前だけど」

 そのひと言で、パズルのピースがぴたっと
嵌る。大翔と同じ写真部の鷲塚さん。だから、
彼女は大翔のカメラを持って震えていたんだ。

 未来視で視た光景と大翔の証言が一致した
ことにひとり感嘆していると、大翔がしかめ
っ面をした。

 「ってゆーか、なんで芦香が鷲塚さんのこ
と知ってんの。わかるように説明して欲しい
んだけど」

 「いまから説明する。大翔、カメラ持って
来てくれたよね?見せて」

 急かすように手を差し伸べると、大翔はわ
けがわからないといった顔でカバンからカメ
ラを取り出した。シルバーボディーのカメラ
が街灯の灯りを受けて、白く、鈍い光を放つ。

 ネックストラップには世界に一つしかない、
「H」のイニシャルが書かれたキーホルダー
がぶら下がっている。