名もなき空に、青い風が吹く

 「……五、六、七、八、九」

 数を数えながらテンポよくマネキンの胸を
圧迫する。その様子を突っ立って見ていると、
彼女は

 「AEDを使います。準備してください!」

 とわたしに言い放った。

 「はいっ!でっ、電源よし、パッドを開封
します!」

 緊張に声を震わせながらオレンジ色のAE
Dから電極パッドを取り出す。それからは、
あたふたしているわたしに鷲塚さんが次々と
指示を飛ばしてきて、言われるまま手を動か
していたら自分たちの番が終わっていた、と
いう感じだった。

 こんなんで修了証もらっていいのかな?
そんな気持ちのまま水色のカードを受け取る
と、「お疲れさま」と鷲塚さんが声をかけて
来てくれた。さらりとした長い黒髪と形の
良い額が知的な印象を与える鷲塚さんを見て、
わたしはにこりと笑った。

 「お疲れさま。さっきは色いろ教えてくれ
て、ありがとう」

 「ううん、こちらこそ、偉そうに仕切っち
ゃってごめんね」

 「ぜんぜん、しっかり話を聞いてたつもり
だったけど、いざ本番になると緊張で頭の中
がまっ白になっちゃったから助かった」

 修了証で鼻先を隠しつつ肩を竦めて見せる。
鷲塚さんは誇らしげに頷くと、髪を掻き上げ
て言った。

 「事前に動画を観て動きを頭に叩き込んで
いたから、すんなり動けたの。それより良か
ったら救急車の中、見学しない?希望すれば
見せてもらえるらしいの」

 「行く、救急車の中見てみたい!」

 ありがたいお誘いに二つ返事で頷く。もし
かしたら近いうち大翔に付き添って乗ること
になるかもしれない、と思うと願ってもない
機会に気持ちが引き締まった。それからわた
したちは指導員の元へ行き、見学希望の旨を
伝えた。希望者はわたしたちだけだったけれ
ど、指導員の女性は快く案内してくれた。


 普段何気なく通り過ぎている救急車を目の
前にすると、なんとも言えない緊張感が背中
に走った。救命救急士の男性がスライドドア
を開け、説明をしながら車内を見せてくれる。

 座ったまま傷病者を搬送出来る水色のスト
レッチャーに酸素吸入器、痰や嘔吐物を吸い
出す吸引器、そして心電図などが備え付けら
れていて、中はさながら移動する病室のよう
だった。ちょっと難しい話に、耳を傾ける。