名もなき空に、青い風が吹く

 「なになに、もしかして手紙書いてたの?
ラブレター???」

 「らっ、ラブレターじゃないよ。そんなの
書く相手いないし」

 「ホント?いいんだよ、別に隠さなくても。
わたしとっても口堅いから秘密にしてあげる」

 人差し指で両方の口先を、みにょーん、と
伸ばして見せる。どちらかというと口が柔ら
かいことを知っているいっくんは、呆れ顔で
ため息をついた。

 「もしラブレターだったとしても、芦香に
は言えないな」

 「えーっ、なんで?」

 「芦香はノンデリなところがあるから信用
できない」

 「ノンデリ?なにそれ、美味しいの?」

 知らない横文字がいっくんの口から飛び出
して来て、首を捻る。いっくんは、くるっと
椅子を回転させるとわたしを向いた。

 「ノンデリはノンデリカシーの略。無遠慮
で心配りに欠けるって意味」

 「ひどーい。わたしノンデリじゃないもん」

 「デリカシーのある人はノックもしないで
部屋に入ってきて、プライバシーを侵害した
りしないでしょ?」

 いつもやさしくて絶対わたしに文句を言わ
ないいっくんが、めずらしく不機嫌な顔をし
ている。どうしてこんな顔をするのかと戸惑
いつつも、わたしは素直に謝った。

 「ごめんなさい。これからはちゃんとノッ
クします」

 しゅんとして下を向くと、頭に温かな手が
乗っかる。ぽんぽん、と二回やさしく触れる
感触があって、わたしは顔を上げた。

 「怒ってないよ。芦香の足音は騒々しいか
らノックなんかしなくてもわかるんだけどね、
礼儀として身に付けた方がいいと思っただけ。
さて、花に水でもあげようかな」

 そう言って立ち上がると窓を開けベランダ
に出て行く。わたしはいっくんの背中を追い
かけて、ピンクのサンダルに足を通した。

 「ねぇ、遊んでくれないの?」

 スロップシンクで青い如雨露に水を注いで
いるいっくんに、歩み寄る。どぼぼぼ、と、
蛇口から勢いよく出る水の音に負けないよう
に、わたしは声を張った。きゅっ、と蛇口を
閉める音がして、いっくんが笑う。

 「花に水をあげ終わったらね」

 たっぷり水が入った如雨露を両手で持ち上
げると、いっくんは花びらを閉じたまま夜空
に向かって伸びている黄色い花たちに水をや
り始めた。