名もなき空に、青い風が吹く

 「大翔、写真部に入ったんだね」

 店先にワゴンが並んでいる写真屋さんの前
を通り過ぎる。大翔は小さく頷くと肩にかけ
ていたスクールバッグからカメラを取り出し
て言った。

 「父親がカメラマンだからな。これ、高校
受かった時、父さんが買ってくれたんだ。使
わなきゃ勿体ないから写真部入ったんだけど、
なんか嵌っちゃっていまはカメラマン目指し
てる」

 誇らしげにかざしているカメラを見た瞬間、
とくん、と鼓動が鳴る。シルバーボディーの
コンパクトカメラには黒いネックストラップ
が垂れさがっていて、そこに見覚えのある、
パズル型のキーホルダーが揺れている。黄緑
色のそれは、三人で作った仲良しアイテムだ。

 「H」のイニシャルが入った大翔のピース。

 恥ずかしいって言ってたのに、ちゃんと付
けてくれてるんだ。その想いに、密かに胸を
温めつつわたしは「ちょっと意外」と呟いた。

 子どもの頃から大翔の家のことをよく知っ
ているけれど、大翔とお父さんは苗字が違う
し、同じ屋根の下に暮らしていなかった。年
に数回会うことはあっても心の距離は遠かっ
たみたいで、大翔はずっとお父さんのことを
「あの人」と呼んでいた。

 そういう複雑な環境がどこまで彼の性格に
影響を与えていたのかはわからない。だけど、
大翔は寂しいと言わない代わりに、相手の気
持ちを顔色や反応で確かめるようなところが
ある。

 小さい頃から一緒にいたわたしは、大翔の
そんなクセみたいなものもよくわかっていて、
お互い押したり引いたりしながら仲良く遊ん
でいたのだった。

 「意外」という言葉に込められた意味をわ
かっている大翔が、含羞んで、首にカメラを
提げる。「俺が一番そう思ってる」と言った
横顔はどこか満たされていて、わたしも自然
と口角が上がってしまった。

 細い十字路を二つ通り過ぎて商店街の終点
まで歩くと、緑道に辿り着いた。川の両岸に
伸びる遊歩道は緑が溢れていて、街灯の白い
灯りが揺れる水面はきらきらと煌めいていた。
心地よい水音に吸い寄せられるように視線を
動かせば、川を跨ぐように設えた円形の噴水
から豊かな水が流れ落ちている。

 「いいところだね」

 爽やかな空気を胸いっぱい吸い込んで呟く
と、大翔はくるりとわたしを向き、すっと手
を差し出した。