婚約解消された初恋の親友に契約婚を申し込む〜深雪社長は初恋の雪解けを許さない〜

――しかし初恋の相手は、大学進学後にあっけなく攫われてしまった。

もともと経営学に興味を持っていた片籠だったが、祖母の怪我をきっかけに、社会福祉に進路を変更すると言い出し二人は分野の違う道を進んだ。

そして片籠は、福祉関係の大学で出会った二学年上の先輩と付き合い始めてしまったのだ。

大学は違ったが、つかず離れず、親友という位置づけを擦り込んで片籠をマークし続けてきたつもりだったが、あっけなかった。

照れくさそうに恋人が出来たことを話す姿に打ちひしがれたのは言うまでもない。

「おめでとう。……じゃあ、二人では会えなくなるな……」

それを表に出さずなんとか聞き終えた当時の自分は誇るべきだろう。

異性である以上、二人きりはよくない。
だが片籠とは二人でしかあったことがない。

それからはたまにメッセージを送ったり、近況を報告し合う間柄となっていた。

もしかすれば別れが来る時があるかもしれない。初めはそんな淡い期待を抱いて、次は掠め取られないようにと勉強に仕事にのめり込んだ。

片籠はというと、念願の社会福祉士として働きはじめ、大学時代の恋人とも変わらず続いているようだった。

相手の男が羨ましいがこの思いを口にすることは出来ない。

なにより片籠が幸せならそれでいい。

少しずつ、長い冬の雪解けを待つように初恋が消えてゆくのを待っていた。

――――しかし、電話口で片籠は泣いていた。と思う。

彼女の元に行き事情を白状させると、それはとても笑い話で片付けられるようなものではなかった。

長年付き合ってきた相手は、片籠の幼馴染である澪という女と浮気していたのだ。
それも想像以上に長い月日を。

結果、男は澪が身籠ったことで婚約をなかったことにしたいと言い出した。
もしも妊娠が発覚しなければあの男は騙したまま結婚するつもりだったのだろうか。

胸糞悪い話だった。

しかし片籠は、どこか達観した雰囲気で夫となる予定だった相手の不貞を受け止めている。

「もういいんだ……結婚する前に分かってよかった。でもね、心残りがあって」

言い淀む姿に言葉を待てば、顔を切なく歪ませ肩を落とした。

「……おばあちゃんには花嫁姿見せてあげたかった」

両親を早くに亡くし、祖母に育てられたという片籠は、その祖母の願いを叶えたいという思い入れが強かったのだ。

今は施設に入所しているという祖母はあまり先が長くないという。

「だから婚活でもしようかなって、とりあえずマッチングアプリに登録したんだよね」

スマホ画面を深雪に見せながら自虐的な笑みを浮かべる。

「私って焦り過ぎ?」

頬のくぼみが寂し気で、深雪は生唾を呑み下すと溜息を零し告げた。

「それ消して」
「えぇと……なんか怒ってる?」

声は低くなり、不安気に顔を除く片籠の手を掴んでいた。

「これで適当な相手探すつもり?」
「適当じゃないよ、ちゃんと考えるつもりだし」

「俺と結婚したらいい」

ずっと待っていた想いは消えなかった。
マッチングアプリで相手を探すなど、初めから眼中にないような態度を取られ焦っていたのもあった。

困惑の色を浮かべる瞳を敢えて無視して深雪は述べた。

「式場は俺が別の場所を押える。伝手があるから大丈夫だ……お祖母さんも俺なら顔見知りで安心するだろう」

「どうしてそうなるの……前も独身貫くって言ってたよね」

不思議そうに言われ、僅かに唇が上擦った。
片籠は零した発言は、結婚が決まったあとの最近の会話で出たものだ。

あれは手に入らないなら独身を貫いてもいいという思いから出た言葉だった。

「契約婚って考えてくれればいい。俺は今のところ予定がないし、他の女性と付き合うつもりがない。安心させたいなら俺を使えばいい」

深雪は真剣に、そして極力怖がらせないよう努めて真面目に言った。
今度は絶対に他の男に取られないよう、今この場で頷かせなければらない。

「深雪に迷惑かけたくないし、嘘つくのは……」
「あまり時間がないんだろ」

「とにかく結婚したいなら俺とだ。親友なら安全だろ。こっちも都合がいいからな」

「都合……」

片籠が呟き、その感触にもう一押しかと手ごたえを感じる。

「……もし好きな相手が出来たら別れていい、気軽に考えてくれ」

言えば片籠は姿勢を彷徨わせ唸っていた。

気軽になどと言ったが、離すつもりなどない。
深雪は密かに瞳の奥をぎらつかせ見つめた。

今夜、絶対に口説き落としてみせる。