婚約解消された初恋の親友に契約婚を申し込む〜深雪社長は初恋の雪解けを許さない〜

「――よかったぁ!一緒に合格できた!」

その年の冬、合否を確認しに行った先で、片籠は泣いていた。

「深雪くんは同志だよ。嬉しい、合格したね私達……」

片籠と共に挑み、同じ目標に一心不乱に乗り越えたこの感覚は、間違いなく深雪にとって人生の転換点であった。

補講を受けるようになり、片籠や対策担当の教師と出会い、深雪は兄の存在を考える時間が明らかに減っていたのだ。
そして張り出された番号に互いのものがあるのを確認したあと片籠に向き直り、気付けば微笑んでいた。

「やったな」

「深雪くんが笑ってる……」

無意識に零れたそれを、片籠は見逃さず指摘する。
泣いていたんじゃなかったのか。

先ほどまで目を擦っていたはずの片籠は食い入るように言った。

「その方が良いよ、いつものむすっとしてるより断然かわいい!」

「かわ……」

「ごめん。合格の興奮で情緒が……ごめんね、でも本当そっちの方が絶対いい感じ、人生上手くいきそう!」

訳の分からないことを突然言い出し、深雪は軽くのけ反ったが片籠は何かスイッチが入ったようで止まらない。

「愛想って大事だからね!?私なんかが言うのもなんだけど……勿体ないことしてるってずっと思ってたから、今しか言えないから今言わせて」

「あぁ、……うん?」

片籠は目を瞬いたあと、胸を撫でつけ息を整えたあと片手に握りこぶしを作って喋り出した。

「深雪くんはセンスがいい!ノートも綺麗だし、落書きも綺麗だし、芸術肌だよ絶対!」

いつの間に盗み見られていたのだろう。
いや、よく考えれば一度だけ貸した覚えはあった。あの時か。

「おまけに容量いいし、器用貧乏なんて噂されてるけど絶対真に受けちゃだめだよ。先生も言ってたから。スポーツでもほら、すごいプレーする人がすごい監督になるかって言ったら違うじゃない。人によるじゃない!?勉強も一緒だよ。学生の間は試験でしか測れないけど、社会に出たらまとめ上げる力がある人が突出するんだから!愛想はだいじ、深雪くんなら無敵になれるよ!」

長い演説だった。
しかも現場は合否発表という悲喜こもごもとする雑踏のなかでの出来事だ。

興奮して一気にまくしたてた片籠に深雪は呆気にとられたが、しかし何故だかこの日を境に完全に肩の力が抜けたのだ。

こんなに褒められたのも、同時に説教まがいに言われたのも初めてだった。
器用貧乏と噂されていたのは身に覚えがあるもので、それを片籠は真っ向から否定してくれた。

「――ごめん、昨日変なこと言った……黒歴史だ……」

翌日、放課後になってから片籠が重いオーラをまとって教室に現れた。
ちょうど深雪が合いに行こうと思って時だった。

もう補講はないが、片籠の言う通りにしてみようと思っていたのだ。

「阿呆らし」

呟くと拒絶されたと思ったのか肩をびくりと揺らす姿が映る。

「お前の言葉にちょっといいなって思った俺まで黒歴史になるの?」
「え……」

言えば片籠は固まった。

「このあと空いてる?」
「うん。……なんで?」

「祝勝会やろう。二人しかいないけど」

高校に進学して自分から人を誘うのは初めてだった。これが最初の一歩になる。

どう映るか分からないが極力穏やかに笑みを浮かべてみると、固まっていた片籠は、ぱっと明るい雰囲気を纏って頷いた。

「いいね!」

笑みを浮かべる片籠には、相変わらず形良いえくぼが出来ている。

可愛い。
片籠の笑みは春のような柔らかな心地にさせる。
みんな、彼女のこういう所に惹かれるのだろう。

この時、深雪は恋をしていると気が付いた。

片籠のように愛想をよくしよう。
あの言葉を真に受けて、以来深雪は人当たりを意識するようにした。

すると、それから少しずつ日常が変わっていったのだ。

ずるずると落ちて行くばかりだった人生は、無意識に自分を縛り付けていた家や兄という虚構から解放され確かに上昇していった。

自分に合ったものを伸ばしていこう、あの受験だって乗り越えれたのだ。
それは片籠という同志や親身になってくれた教師がいたおかげだ。

一人で頑張ったからではない。

そう思うと、片籠の言う通り、今まで損していたのかもしれない。

笑みは人生を好転させる。
彼女のように明るく生きていこう。

そして片籠に相応しくなれたら……告白する。