雨の日に傘をくれたのは、誰もが恐れる最強の鬼でした。

学校でのあの日以来、私の毎日は180度変わった。
前髪を切り、本当の素顔を出した私を、妹の真李愛は嫉妬の目で見ることしかできず、元カレの颯太くんに至っては、流星くんたちに怯えて私に近づくことすらできなくなった。
何より、流星くん、碧くん、蓮くん、律くんの四人は、毎日私をまるでお姫様のように大切に、甘く甘く溺愛してくれた。
「私、こんなに幸せでいいのかな……」

そんなある日の夜。
私は流星くんに連れられて、きらびやかなホテルの最上階で行われているパーティーにやってきていた。
流星くんの家系――彼が「最強の鬼」と呼ばれるルーツである、街の裏社会を統べる巨大な名家が主催する集まりだ。
いつもと違うラグジュアリーな空間に緊張している私を、流星くんは大きな手でしっかりとエスコートしてくれていた。
「緊張すんな。お前が世界一綺麗なんだから、堂々としてろ」
耳元で囁かれた低くて甘い声に、顔が熱くなる。
その時、会場の奥から、コツコツと上品なヒールの音を響かせて、一人の美しい女性が歩いてきた。
艶やかな黒髪を綺麗にアップにし、仕立ての良いドレスを纏ったその人は、誰もが見惚れるような完璧な気品を放っていた。
妹の真李愛のような子供っぽい可愛さではない、本物の「大人の美女」だ。
「あら、流星。久しぶりね」
その女性は、まっすぐに流星くんの元へ歩み寄ると、ごく自然に彼の腕に自分の手を絡めた。
やたらと距離が近いその仕草に、私の胸がズキリと痛む。
流星くんはわずかに眉をひそめたが、彼女を突き放そうとはしなかった。
「……凜々花(りりか)。お前、帰国してたのか」
「ええ。あなたに会いたくて、急いでスケジュールを立ち上げて戻ってきたのよ」
凜々花、と呼ばれた彼女は、流星くんにとろけるような笑みを向けた後、その綺麗な瞳を私へと向けた。
「ところで流星。そちらの、迷子の子猫ちゃんは誰かしら?」
悪意のない、だけどすべてを見下すような余裕のある笑み。
私はその圧倒的なオーラに気圧され、思わず一歩後ろに下がってしまう。
「俺の連れだ。お前には関係ねぇ」
流星くんが私を庇うように一歩前に出るけれど、凜々花さんはクスッと小さく上品に笑った。
「まぁ、相変わらず冷たいのね。でも、いいわ。今夜はゆっくりお話ししましょう?」
流星くんの隣に自然に並び、親しげに微笑む凜々花さん。
その完璧な姿を前にして、私の中に、消し去ったはずのあの真っ黒な感情が再び頭をもたげ始めていた。
真李愛の影で、ずっと自信を持てずに生きてきた私。
流星くんのおかげで変われたと思ったのに、彼の本当の世界には、私なんかよりもずっと相応しい、完璧な大人の女性がいたのだ。

この時、私はまだ知らなかった。
この凜々花という美しい女性が、流星くんの『公認の婚約者』だという、残酷な真実を――。