君に捧げるラスト・トス!

「い、いくよ梨央奈……!」
「はい、先輩!」
全国大会の初戦。巨大なアリーナを包む地鳴りのような大歓声と、何台ものテレビカメラ。東中のメンバーがその圧倒的なスケールに呑まれそうになる中、スタメンとしてコートに立った梨央奈の瞳だけは、恐ろしいほど冷静だった。
相手は九州代表の超攻撃型チーム。
試合開始のホイッスルとともに、全国の牙が東中へと襲いかかる。
バシィィィン!!
「くっ……重い!?」
東中のレシーバーが弾き飛ばされる。全国トップレベルのスパイクは、地区予選とは比べ物にならないスピードと重さだった。
第1セット、東中は相手の猛攻に翻弄され、防戦一方の展開に陥る。
「ドンマイ、次一本!!」
キャプテンの夏帆が声を張り上げ、レフトから渾身のスパイクを放つ。しかし、全国屈指の超高層3枚ブロックが、夏帆の前に立ち塞がった。
ドカァッ!
「シャーーーッ!!」
夏帆のスパイクがシャットアウトされ、相手コートへと無情に叩き落とされる。
全国の厚い壁。チーム全体に「やっぱり全国はレベルが違う……」という絶望感が漂いかけた、その時だった。
「――夏帆先輩」
凛とした声が、コートを震わせる。
梨央奈が、俯きかけそうになった夏帆の目を真っ直ぐに見つめていた。その瞳には、不安など1ミリも浮かんでいない。むしろ、強者と戦える喜びに燃えていた。
「今のは、私のトスが少し低かったです。次は、あとボール半個分、高く上げます。……先輩なら、絶対にあのブロックをぶち抜けます」
「梨央奈……」
「私を信じて、思い切り跳んでください」
梨央奈の絶対的な自信。その熱が、夏帆の心に再び火をつけた。
「……うん! 信じてる!」
ここから、東中の「天才セッター」が本領を発揮する。
相手の強烈なサーブを、仲間が必死に繋ぐ。少し乱れたレシーブ。しかし、梨央奈にとっては完璧なチャンスボールだった。
(ここだ――!)
梨央奈が最高到達点でボールを捉える。
相手ブロックは、梨央奈の「ツーアタック」を極度に警戒し、マークを中央に集めた。梨央奈がセッターでありながら強烈なスパイクを打てることは、すでにデータとして知れ渡っていたのだ。
ニヤリ、と空中で梨央奈の唇が弧を描く。
相手ディフェンスの意識を限界まで自分に引きつけた瞬間、梨央奈の手首がしなやかに返った。
――バックトス。
相手のマークが誰もいない、完全にノーマークのレフトへ、吸い込まれるような美しい弾道。
そこには、すでに完璧な助走から宙へと舞い上がっていた夏帆の姿があった。
「おおおおおっ!!」
遮るもののない空中。夏帆は、梨央奈の極上のトスを、これ以上ない最高の打点で叩き落とした。
ドガァァァァンッ!!!!
相手コートのど真ん中に、凄まじいスパイクが突き刺さる。
一瞬の静寂の後、東中の観客席から大歓声が巻き起こった。
「よしっ!!」
夏帆が満面の笑みで梨央奈に駆け寄り、ジャンプしてハイタッチを交わす。
「完璧! 完璧だよ梨央奈! 完全にブロック振られてた!」
「言ったでしょう、先輩なら決められるって」
梨央奈の頭を、夏帆が「ありがとう!」と激しく撫で回す。その手の熱さに、梨央奈の胸はバクバクと跳ね上がる。
(いける。全国だろうが何だろうが、この人と一緒なら、どこまでだって行ける……!)
一度火がついた東中の勢いは、もう誰にも止められなかった。
梨央奈の神がかったトスワークが相手ブロックを翻弄し、ひとたびマークが分散すれば、今度は梨央奈自らが「最強のアタッカー」として前衛からも後衛からも強烈なスパイクを叩き込む。
セッターなのに、誰よりも点をもぎ取る二刀流の支配者。
「なんなのあの子……! トスを警戒したら打ってくるし、スパイクを警戒したら完璧なトスを上げるし、隙がなさすぎる……!」
全国の強豪チームが、1年生の梨央奈に恐怖し、戦慄していた。
25対21。そして、26対24。
ビィィィーーーッ!!!
「セットォッ、ウォン! 東中!」
主審のコールが響き渡る。
強豪揃いの全国大会、その栄えある初戦を、東中はストレート勝ちという最高の形で突破したのだ。
「やったぁぁぁーーーっ!!」
歓喜に沸くメンバーたち。その中心で、夏帆が感極まった表情で梨央奈の肩を抱き寄せた。
「梨央奈! 私たち、初戦で勝ったよ……! 次も、その次も、全部勝とうね!」
至近距離で見つめ合う夏帆の瞳。汗で濡れた黒髪。そして、あの甘い制汗シートの匂いが、梨央奈の理性を狂わせそうになる。
梨央奈は、夏帆の引き締まった腰をそっと抱き返すようにして、耳元で熱く、独占欲を込めて囁いた。
「はい、先輩。……絶対に全部勝って、日本一になりましょう。そうしたら――約束通り、私のわがまま、たっぷり聞いていただきますからね?」
「ふふ、望むところだよ!」
まだその「わがまま」の本当の意味を知らない夏帆は、無邪気に笑った。
全国の頂点へ向かって、二人の快進撃が幕を開ける。夢の舞台で、梨央奈の恋とバレーは、さらに激しく加速していく――。