君に捧げるラスト・トス!

「梨央奈、もう一本!」
夕暮れ時の体育館。
他の部員たちが全員下校し、静まり返った空間に、夏帆先輩の弾んだ声が響く。
入部してから3ヶ月。梨央奈はセッターとしての才能を急速に開花させ、今では放課後に二人きりで居残り練習をするのが、二人の特別な日課になっていた。
梨央奈は床に弾んだボールを丁寧にキャッチし、ネット際へと構える。
「いきます、先輩!」
ふわりと投げ上げたボールの下へ素早く入り、しなやかな指先でボールを捉える。
――柔らかな、しかし一切のブレがない完璧なバックトス。
ボールは綺麗な弧を描き、夏帆の最高打点へと吸い込まれていく。
タァン! と床を蹴る音。
夕日に照らされた夏帆の身体が宙に舞い、梨央奈の上げたトスを、これ以上ない角度で叩き落とした。
ドゴォッ!
無人のコートにボールが激しく弾む。
「……っよし! 今のトス、完璧! 梨央奈、最高!」
着地した夏帆が、弾けるような笑顔で梨央奈に駆け寄ってくる。
「ありがとうございます!」と答える梨央奈の前に、夏帆の手のひらが差し出された。
パチン!
勢いよく交わされるハイタッチ。
その瞬間、梨央奈の心臓がドクンと大きく跳ねた。
(熱い……)
触れ合った手のひらから伝わる、夏帆の体温。
至近距離で見つめ合うと、夏帆の白い首筋を汗が伝い、すれ違いざまに香る、あの少し甘い制汗シートの匂いが梨央奈の鼻腔をくすぐる。
夏帆が「ふぅ、あつい!」とユニフォームの襟元をパタパタと仰ぐたび、梨央奈はどこに視線を置いていいか分からず、慌てて目をそらした。
最初は、ただの「憧れ」だった。
誰もついてきてくれなかった自分の熱量に、唯一、それ以上の熱さで応えてくれた絶対的エース。
けれど、一緒に一つのボールを追いかけるうちに、梨央奈の胸の奥の感情は、別の形へと育っていた。
部活中、夏帆先輩が他の生徒と楽しそうに話しているのを見るだけで、胸の奥がズキリと痛むこと。
「梨央奈」と名前を呼ばれるだけで、声が震えそうになること。
すべて、小学校時代には知らなかった――「恋」という名前の、甘くて苦い感情。
「梨央奈? どうしたの、顔赤いよ? 疲れちゃった?」
覗き込んできた夏帆の瞳が、心配そうに揺れている。その無防備な優しさが、梨央奈の胸をさらに締め付けた。
先輩は3年生。夏の大会が終われば、部活を引退してしまう。
二人でこうしてボールを追いかけられる時間は、もう残り少ないのだ。
「ううん、なんでもないです! ……先輩、私、もっと長く先輩とバレーがしたいです。絶対、全国に行きましょうね」
溢れそうになる想いを、バレーの言葉に隠して伝えた。
すると、夏帆は少し目を見張った後、愛おしそうに目を細めて、梨央奈の頭を優しく撫でた。
「うん。私も、梨央奈ともっと一緒にいたい。だから……絶対に負けられないね」
「もっと一緒にいたい」
その言葉が、先輩にとっては「相棒(バディ)」としての意味だと分かっていても、梨央奈の胸は痛いほどに高鳴ってしまうのだった。