ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

 湿気の籠もったバスルーム。
 白いタイルに囲まれた空間には、シャワーの湯気と、シトラスの香りが充満している。

 目の前にあるのは――裸になって、楕円形のバスチェアに腰掛ける、ハルの背中。

「…………」

 そんな状況に戸惑いながらも、手のひらでたっぷりとシャンプーを泡立てていく。
 自分の服にかからないよう注意しながら、それをハルの頭に乗せた。

「なんで、服着てるんですか」

 さっきの『美容院ごっこ』は続いており、低く紡がれたぎこちない敬語が響く。

「え!? だって、私は洗う側なので、脱ぐ意味ないですし……」

 滑らかな肌の起伏を前にして、狼狽えてしまう。
 別に、何度も目にしているわけだけれど――いつもの薄暗い部屋と、真昼の明るいバスルームとでは、また少し訳が違うのだ。

 指の腹でゆっくりと、頭皮をマッサージするように洗っていく。
 地肌の感触が心地よくて、いつまでもこの泡まみれのハルに触れていたかった。

 やがて、名残惜しくも、温度を少し上げたシャワーでそっと洗い流していく。
 広い肩や背中から跳ね返った水飛沫が、私の着ているシャツとスキニーに飛んで、少しずつ生地の色を濃くしていった。


 綺麗に泡を流し終え、シャワーの蛇口を止めようとした。

 その瞬間。


「ほら。どうせ濡れるんですから、脱いだ方がよかったですよ」


 シャワーヘッドを握っていた私の右手首が、不意に捕えられた。