ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

 カットを終え、頭や首に残った髪を、指先で優しく摘み取る。

 美容師モードの、明るい声をかけた。

「お客さま。いかがですか?」

 大きめの手鏡を渡し、仕上がりを確認してもらう。
 ゆっくりと目を開けたハルが、鏡の中にいる自分と視線を合わせた。

「……初めてのやつだな」

 今回は、前髪を思い切ってカットし、形の良い額がすべて見えるくらいの爽やかなショートヘアにした。
 首筋も、刈り上げに近いくらい短くしている。

「向こうに着いても、すぐに美容院へ行けないかもしれないので、できるだけ短めに仕上げておきました。伸びてきても形が崩れにくいスタイルですよ」

 少しでも長く、私が切った髪のままでいてほしい――。
 そんな身勝手な未練を隠すように、わざと敬語で説明する。

「…………」

 ハルは黙ったまま、鏡越しにじっと見つめてきた。
 鋭い瞳に、この想いが見透かされているような気がして、少し視線を逸らす。

「……ありがとうございます」

 やがて、口元をふっと緩めながら返してくれた。

「いえいえ。ご満足いただけて何よりです」

『美容院ごっこ』に乗ってくれたことが嬉しくて、思わずクスッとする。
 今回のために買ったクロスから、細かい髪の毛を払い落とし、その首元からそっと外した。

 床の掃除をするため、箒を取りに行こうと背を向けた、そのとき。


「じゃあ、シャンプーお願いします」


「え?」

 振り返ると、ハルは真顔のままTシャツを脱ぎ、しなやかな上半身を露わにしていた。