ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


 あまりの勢いに、身体が僅かに揺らぐ。

「……マナ?」

「…………」

 返事はない。

 手にしていた鞄と紙袋を、そっとフローリングの床に手放す。
 カサリ、と、茶葉の包装が擦れる、小さな音が響いた。

 躊躇いながらも、空いた手をその背中に回す。


 すると――全身が震えた。


 服越しの、柔らかな感触。たしかな体温。

 Yシャツ一枚を隔てて感じる彼女の吐息は、ひどく熱い。
 そして冷房の効いた部屋で、胸元にだけ、温かくて湿った感覚がじわりと広がっていくのがわかった。

 マナは、声を出さずに泣いていた。

 両手でゆっくりと、その顔を持ち上げる。
 瞼の縁から、ひと粒がこぼれ落ち、頬にあるほくろに伝う。
 それを、親指で優しく拭った。

 俺のその行動に、マナは新たな粒を、次々と溢れさせていく。

 どちらからともなく顔を傾け、ひとたび唇を重ねると。
 どうして触れ合わずにいられたのかわからないくらい、息継ぎすら忘れて繰り返した。

 数日間の空白と、失われかけていた温度を確かめるように、無我夢中で抱き寄せ合う。


「ハル……」

 荒い息のまま、マナは俺の肩に頭を預け、もたれかかった。
 それを支えてやるように、腰に手を添える。

「……ん」

 短く応え、表情を覗こうとした。

 しかし彼女は、それを見られるより先に、俺の耳元へ、震える吐息とともにこぼした。


「…………したいよ……」


 それは火曜日の夜にいつも、ソファに並んで座り、甘い心理戦の末に引き出そうとしていた言葉だった。