ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


 なんとか理性を総動員し、一度深呼吸をしてから、声をかける。

「……マナ」

 彼女は、ゆっくりと振り返る。

「あ……おかえり」

「昨日、ごめん。帰れなくて」

「ううん。お疲れさま」

 夕暮れの陽を背に受けた微笑みは、そのまま透けて消えてしまいそうだった。
 その光景になぜか焦燥感をおぼえ、手に提げていた紙袋を持ち上げて見せる。

「これ……買っといたから」

 中身は、彼女の愛する茉莉花茶(ジャスミンティー)

 店に立ち寄れるのは赴任前最後だったため、大量に買い込んだ。
 鞄には入らない量だったので、初めて立派な紙袋に包んでもらった。
 上質な素材の表面には、美しい花びらの模様が散りばめられている。

 彼女がそれを見た、次の瞬間だった。

「……っ」

 ベランダとリビングの境界を飛び越え、俺の胸元へ飛び込んできた。