ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

「幹本さん、本当にお忙しそう。何かあったら、私がお手伝いしますからね?」

 例の後輩アシスタントだ。
 すぐ横に来て、俺の赴任に関わる書類をデスクでトントンと揃えながら、声をかけてくる。

「奥さまは、日本に残るんですよね?」

「……あー、うん」

「私だったら、絶対についていくのになあ」

 意味ありげな空気を語尾に纏わせながら、ちらりと視線を向けられた。
 手を止め、無機質な微笑みを向ける。

「俺、昨日と同じ服着てるし、離れた方がいいよ」

 ギリギリの引き継ぎ作業に追われ、昨晩も帰宅を諦め会社の近くにあるカプセルホテルに泊まった。
 この一週間で、三度目だ。
 狭いスペースで寝た身体は、軋んでいる。

「えー? いい匂いしかしないですよー?」

 甲高い声はスルーして席を立ち、必要なものだけ鞄に詰め込むと、そのまま立ち去った。

 ようやく今日、赴任の事前準備の目処はついた。
 定時より少し早いが、帰ることにする。

 気づけば、出発まであと三日となってしまった。

 今日は、火曜日。
 サロンの定休日で、マナが家にいる日だ。