ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

 赴任前の手続きや引き継ぎに追われるハルは、かつてないほど忙しくしている。
 今夜も終電に間に合わなかったようで、『会社の近くに泊まる』と短い連絡があったきりだ。

 ハルの音がないダブルベッドでは、眠りにつくことができなかった。


 泊まるのは、一人で――だよね?


 彼が以前、新卒の女の子がやたらと話しかけてくるのだと、いつもの悪戯顔でからかってきたことが頭をよぎる。

『もちろん一緒にいたい』と頷かなかった妻に、愛想を尽かしたのではないか。
 確認する勇気もないまま、ただ暗闇の中で寝返りを打つ。

 顔を合わせれば会話はするし、たまにふっと笑ってもくれる。
 耐えきれずにシーツの上で抱きつくと、そっと頭を撫でてもくれる。

 けれど、私の決断を伝えたあの夜以来。
 ハルの方からは、一切触れてこなくなった。

 甘い悪戯も、隙間なく並んで座ってくる火曜日も、ないまま。
 ただ、時間だけが過ぎていく。

 出発まで、あと一週間となってしまっていた。