いつか、ハルの母から聞いた話が蘇る。
看護師を辞め、生まれたばかりのハルを連れ、義父の海外赴任に帯同した。
言葉の通じない街の、閉ざされた部屋。
孤独のなかで、激務にすり減る夫に当たり、そんな自身にも失望する日々。
積み重なったものが、二人の心を確実に削っていったという。
『そこからね。お互いへの愛が、冷め始めたのは』
起伏のない声で語られたその過去が、どうしても頭から離れなかった。
ハルとの別離を招いてしまった、あの頃の自分が嫌でも重なる。
若かったとはいえ、環境の変化から心身の余裕をなくし、彼のことを思いやれなくなってしまった。
家族や友人、大切な仕事とも離れ、静かな部屋でハルだけを待つ生活。
不慣れな地で奮闘する彼を支えるどころか、普段の前向きな自分を見失い、二人の歯車を狂わせてしまったら。
あの瞳から私への愛が消え去り、冷ややかな諦めの色に染まってしまったら。
『ついていく』未来を想像しても、なぜかそんな絶望的な光景しか浮かばなかったのだ。
哀しみに臆して、去っていく彼をただ見送るだけしかできないなんて。
別れを告げられたあの日から、私は何ひとつ変われていないのかもしれない。



