ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

 ハルが静かにジャスミンティーを淹れてくれた、あの深夜。
 身体を震わせながら、伝えた。

『一緒に、行けない』と。

 その答えを聞いた彼は、ただ『わかった』とだけ返し、責めることも怒ることもしなかった。

 私は、美容師という仕事が大好きだ。
 専門学校時代から憧れていたサロンで、スタイリストデビューを叶えてから三年。
 ハサミを握る手には、ようやく確かな感触が宿り始めている。
 今は、一番楽しいときだった。
 もっと腕を磨いて、たくさんのお客様に寄り添いたい。

 その気持ちを、背中を向けたままの彼に顔を埋め、絞り出すように明かした。


 けれど――ハルの手をとれなかった理由は、それだけではない。