ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


 出口までお見送りする途中。
 隣を歩く先生が、独り言のように言葉を紡いだ。

「あなたが茶道部に入ってきたとき、お花が咲くような笑顔をする子だなと思ったのよ」

「……えっ」

 不意にかけられた素敵な言葉に、思わず瞬きする。

「でも、その裏でどこか痛みを抱えているように見えて、ずっと気になっていたの」

「そう……だったんですね」

 自分では、平気なつもりでいた。
 けれど、先生の目にそう映っていたのなら、きっと――母を失った傷痕は、私が思うよりずっと深く残っていたのだろう。

「最近は、それが解きほぐされたようだったから、安心していたのよ」

 ガラス扉を押し開けると、真夏の熱気が押し寄せる。
 外に出た先生の足が止まり、振り返った。

「何か辛いことがあっても……心だけは無理しないでね」

 深くは踏み込まない、あたたかい声。
 それが、沈んだ心へと、たしかに染み込んでいく。

「……はい。ありがとうございます」

 喉の奥のつかえを飲み込み、頭を下げた。

「それでは……また一か月後に。お待ちしてますね!」

 強い日差しを照り返すアスファルト。
 その向こうへと遠ざかっていく背中を、長く見送った。