涼しくて明るい店内に、フローラル系のスタイリング剤と、ツンとしたカラー剤の匂いが溶け合っている。
リズミカルに動かされるハサミや、シャンプー台を軽やかに打つ水の音。お客様の弾む声。
私にとって日常の心地よい喧騒の中、常連の香坂先生と、他愛のないお喋りを楽しんでいた。
「先週ね、主人と車を出して、ラベンダー園へ行ってきたのよ」
目尻にふわりと皺を寄せて語られるのは、爽やかな避暑地での出来事。
見渡す限りの紫の絨毯は、遠方でしか見られない景色だと思っていたため、櫛を通す手を止めて目を丸くした。
「えっ! 日帰りで行ける距離にあるんですか?」
「ええ。風が吹くと、濃い香りがして。とても癒されたわ」
そんなふうに、和やかな空気が流れていたはずだった。
けれど、ふと、鏡越しの先生の瞳からまっすぐに射抜かれる。
「何か、あったの?」
すっと、トーンを落とした声。
「えっ?」
「笑顔が少しだけ、悲しそうに見えたから」
ハサミを持った指先が、空中でぴたりと止まる。
息を呑む音は、隣のスタイリストが操るドライヤーの温風が掻き消してくれた。
けれど――すぐに口角を引き上げ、微笑んでみせる。
「いえ……元気いっぱいですよ!」



