ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


 逃げ込んだネットカフェの、埃っぽい匂いが淀む一人用の個室。
 天井の送風口から、人工的な冷風が絶え間なく吹き下ろしてくる。

 ただ意味もなく、真っ暗なモニターを見つめていた。
 黒い画面には、ひどく強張った自分の顔が映り込んでいる。

 傍らには、一口もつけていない烏龍茶。
 プラスチックカップの表面にびっしりと浮かんだ結露が水滴となって滑り落ち、デスクに丸い染みを広げていた。


 まだ付き合い始めの頃。ここと同じような場所に、マナと来たことがあった。

 とにかく二人きりになりたくて、適当な口実をつけて連れ込んだ薄暗い部屋。
 引き戸を閉めた途端、どうしようもない熱に急かされるように、彼女を壁際に押しやった。

『えっ……漫画! 取りに行こうよ……?』

 周りに響かないよう必死に声をひそめ、胸を押し返してくる柔らかい手のひら。

『いいじゃん……ちょっとだけ』

 狭い空間に満ちていく甘ったるい空気に呑み込まれないよう、どうにか理性を保とうとする彼女をよそに。
 俺は己の渇きを癒すように、遠慮なく我儘を許してもらっていた。