ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


 唐突に、バスルームから派手な水音が聞こえていることに気づき、我に返る。

「……っ」

 慌てて立ち上がり、走った。

 白い浴槽から、止めどなくお湯が溢れ出し、タイルを叩いていた。

 蛇口を捻り、鏡に映った顔を見て、息を呑む。
 気づかないうちに、頬全体が涙で覆われていた。

 そこからは、自分がどう動いたのか記憶が曖昧だ。
 服を脱ぎ捨ててお湯に浸かり、力が入らない手で髪を乾かし、ふらつく足取りでベッドに潜り込んだ。

 隣にあるはずの温もりがないシーツは、その冷たさで私を追い詰める。


 ハルは、今――どこにいるの。


 暗闇の中で、不安だけが膨れ上がっていく。
 もう、耐えられなかった。

 震える指先でスマートフォンを引き寄せ、画面をタップした。

 数回のコールのあと。
 繋がった向こう側から、微かな息遣いだけが聞こえた。

 すがるように、掠れた声を絞り出す。


「……お願い……帰ってきて……」


 通話は、すぐに切れた。