ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


 就職してから一年が経ったばかりだった、私。
 慣れない仕事やレッスンに追われ、心身ともに余裕がなかった。
 ハルとの些細な喧嘩も増えていた。

 それでも、結局はいつも求め合っていたから。
 一緒にいて楽しいのは、互いに変わらないと信じていたから。
 油断していたのかもしれない。
 こんなに頑張っているのだから、わかってくれるだろうと、コミュニケーションを疎かにしていたかもしれない。

 突きつけられた本音に、胸が張り裂けそうになった。

 大学生のハルは、もっと自由に遊びたいはずだ。
 解放してあげたほうが、いいのかもしれない。

 変に背伸びをして『物分かりのいい彼女』を演じ、そんなふうに考えたけれど。
 本当はただ、私への愛情を失ったハルを見るのが怖かっただけだ。

 震える口元を隠すように、精一杯の微笑みを返した。

『……わかった』

 冷ややかな瞳がこちらを一瞥し、すらっと長い脚が立ち上がる。
 一口も手をつけていないグラスを残し、彼はあっけなく去っていった。

 僅かな力で指先を握りしめ、ただ遠ざかる背中を見送った。