ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


「夫婦になったって結局、昔と同じじゃん」

 苛立ちと情けなさが入り混じった、黒い感情が溢れ出していく。

「え……?」

「どうせ俺ら、熱量違うもんな」

「…………」

 マナは唇を強く噛み締め、小刻みに肩を震わせ始めた。
 止めるべきと頭では分かっているのに、ブレーキを失った言葉が次々と口から飛び出していく。

 そして――決して言ってはいけない台詞まで、吐き捨ててしまった。


「結婚だって、俺が押したから流されたんじゃないの」


 その瞬間、柔らかな衝撃とともに、一瞬だけ視界が真っ暗になった。
 マナが手元のクッションを、俺の顔めがけて思いきり投げつけてきたのだ。

「なんでそんなこと言うの!?」

 大粒の涙を溜めた瞳が、真っ赤な怒りで満ちている。

 初めて結ばれたあの日。
 雨の中で、不器用に怒りをぶつけてきた時と同じだった。

 あの時は、マナが感情を剥き出しにしてくれたことがただ嬉しくて、有頂天になっただけだった。

 でも、今は――。


「……頭冷やすわ」

 それだけを言い残し、ソファから立ち上がる。

 重い扉を開け、二人の家を出た。
 夏の生ぬるい夜気が、逃げ場を塞ぐようにまとわりついてきた。