ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


「……なんで最初から、離れる前提?」

 気がつけば、低く冷たい声が出ていた。

 急激に頭に血が上っていくのがわかる。
 考える余裕もなく、詰問のようなトーンになっていた。

「あ、そっか……『ついていく』っていう選択肢も、あるよね……」

 ハッとしたように、マナが目を泳がせた。

「仕事を休むか辞めるかして、知らない土地で、ただハルの帰りを待つのが想像できなかったっていうか……」

 宙を彷徨う視線。慌てて紡がれる釈明。


 奥のバスルームから、お湯が浴槽を打つ音だけが、響き続けていた。


「……マナがどういう気持ちで美容師やってるか知ってるし、俺の都合に合わせてなんて言わない。でも、『離れる』ってことに一ミリも躊躇しないわけ?」

「…………」

 マナは俯き、絡ませた指先を白くなるほど強く握りしめていた。