ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


 バスタブにお湯を溜め始めたマナが、リビングへと戻ってきた。

 ソファを僅かに沈ませながら、隣にそっと腰掛けてきた。
 甘い香りが、ふわりと漂う。

「ハル、疲れてる?」

 覗き込んできた瞳には、こちらを気遣うような、やや不安げな色が浮かんでいる。

「あ……いや」

 言葉を濁し、目を逸らす。

 すると、躊躇いがちに、ぽつりとこぼしてきた。


「……お風呂、一緒に入っても、いいよ……?」


 俺が誘うときはいつも、恥じらって断るくせに。
 不自然なほど口数の少ない俺を元気づけようと、背伸びしてくれているのが伝わってくる。

 その健気な姿を見て胸が締め付けられ、重い口を開いた。

「実は……」

 広いリビングに、乾いた自分の声が落ちていく。


「ロンドンに、赴任が決まった。最低、二年」


 息を呑む気配。
 ゆっくりと確認すると、その瞳は、静かに見開かれている。