ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

「――っていう感じで。いまだにちょっとしたことで怒ってばかりなんですよ。もう、高校生でもないのに」

 私がひとしきり愚痴めいたエピソードをこぼすと、先生はふふっと上品に笑った。

「あなたのことが好きで仕方ないのよ。きっと、五十年後もそのままね」

「えー。長いなあ」

 呆れたように笑いながら、ハッとする。

 サロンに来てくれたお客さまには、髪を整えるだけでなく、少しでも日常の疲れをリフレッシュしてほしい。
 だからこそ、相手の話を自然と引き出せるよう、聞き役になることを心がけているのに。
 先生が聞き上手すぎるせいで、いつも気づけば私のほうが夢中で話し込んでしまっているのだ。

 ◇

 あたたかい時間はあっという間に過ぎ、出口までお見送りをする。

「今日も素敵に仕上げてくれて、ありがとう」

「こちらこそ、いつも来ていただいてありがとうございます! また来月、お会いできるのを楽しみにしてますね」

「ええ、私も。今日も、遅くまでいるの?」

「あっ。実はもう、上がらせてもらうんです。このあと……用事がありまして」

「あら、そうなの。終わったら、ゆっくり休んでね」

 西日の差し込む入り口で、ふんわりと手を振って帰っていく背中を見送った。

 土曜日に比べれば落ち着いているとはいえ、週末である日曜日に最後まで残れないのは、他のスタッフに申し訳ない。
 けれど、今日はどうしても外せない、大切な予定が控えているのだった。