ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


 日曜日の午後。
 カラン、と控えめにサロンの扉が開く音がして、お待ちしていたお客様が姿を見せた。

香坂(こうさか)先生っ!」

「こんにちは」

 高校時代の茶道部の顧問であり、今はもう定年退職されている香坂先生。
 おっとりとしていて、まるで自分の祖母のように甘えたくなるほどの、深い安心感を抱かせてくれる人だ。

 茶道部への入部を決めたのは、週二回の活動という気軽さと、季節の美味しいお茶菓子が食べられるという不純な動機――そして何より、この香坂先生がいるからという理由だ。


「今日は、どうしますか?」

「いつもと同じで、お願いしたいわ」

「はいっ。では、シャンプーから始めさせてもらいますね」

 アシスタント時代からずっと私のところに通い続けてくれている、大切な常連さんだ。