ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


 昨晩、愛の言葉を繰り返し囁きながら、私の感触に浸っていた彼。
 いろいろなことが甦ってきたら、頬に熱が集まった。

「何か、思い出してる?」

 頬杖をつくハルが、また楽しげに目を細める。
 自分の分にはまだ口をつけず、こちらの様子を観察していたようだ。

「べ、べつに……」

「楽しかったな?」

「……ご馳走様でした!」

 寝起きだというのにあっという間に平らげていた私は、その視線に耐えかねて空のお皿を持ち上げた。
 食器の片付けを装い、シンクへと逃げ込む。

 背後で、小さく笑いながら食べ始めるハル。

 なんだか、気に食わない。
 わざと嫉妬させるような言動をしてきた方が、終始余裕たっぷりで面白がっているなんて。

 仕返し、したい。

 私だって、ハルの弱点は知っているんだから――。


「美味かった? フレンチトースト」

 私のささやかな企みなど知る由もなく、背を向けたまま問いかけてくる。

 足音を殺して忍び寄り、斜め後ろに立った。
 そして、座っている彼の横へと身を屈め――頬にそっと、口づけを落とした。


「美味しかったよ、すごく。ありがと」


 勢いよく振り返ったハルと、至近距離で視線がぶつかる。

 目論見通り。
 不意打ちを食らった彼は、小さく息を呑み、ペースを乱されていた。

「今日は私の、勝ち」

 得意げな笑みを浮かべ、踵を返そうとした瞬間。
 手首を力強く掴まれた。

「……出勤まで、時間ある?」

 鋭い眼差しには、さらなる仕返しを企むような、危険で甘い光が宿っている。
 私を捕まえている指先から、じわりと、昨晩と同じ熱が伝わってきた。

「ないよ〜」

 慌ててその拘束をするりと解くと、洗面所へと逃げ込み、メイクを始めるのだった。