ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

 翌朝。日曜の七時。
 目を覚ますと、ハルは隣にいなかった。

 代わりに向こうの部屋から、フライパンで何かを焼く音と、焦がしバターの甘い匂いがする。


 素足の裏にフローリングの冷たさを感じながら、そちらに引き寄せられる。
 微かな物音で、広い背中がゆっくりと振り返った。

「おはよ」

 一目見ただけで、わかった。
 とっても、機嫌がいい。

「……おはよう。もしかして、フレンチトースト作ってる?」

「そう」

「わあ、ハルのフレンチトースト! 食べたい」

「どうぞ」

 ちょうど焼き上がった分を平たいお皿に乗せ、軽い音を立ててテーブルに置いてくれる。

 洗面所で手早く顔を洗ってきてから、そっと椅子を引いて腰掛けた。

「いただきます」

 一口含むと、卵液がたっぷりと染み込んだ、温かくて優しい甘さが口いっぱいに広がる。

「んーっ」

 綻んだ顔を向けると、ハルは静かに、けれどとても満足そうに微笑んでいた。
 本当に、機嫌がいい。

 ――嫉妬する私を見られたのが、そんなに嬉しかったのだろうか。