ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

 マンションの部屋には、濡れた靴下を放り込んだ乾燥機が、低い駆動音を鳴らしていた。

 二人きりのリビングに戻る。
 母親は夜勤で不在だった。

『……寒いから、ズボン借りたい』

 遠慮がちにソファの端に座るマナが言った。
 何の布にも覆われていない、白い素足が目に留まる。

『ない』

 雑にそのお願いを断る。

『ないわけないでしょ。何でもいいから、貸してよ』

『無理』

『なんでっ』

 抗議を無視して、隣に腰を下ろす。
 先ほどの雨の中での興奮がまだ残っていて、いつも以上に歯止めが利かなかった。
 冷え切った小さな膝に手のひらを乗せると、彼女の身体がビクッと震えた。

『いい眺めだから』

 意地悪く微笑んでみせると、『……いい加減にして』と乱暴に振り払われた。

 俯いたままのマナが、やや震えた声を落とす。


『……全部経験済みだからって、からかわないでよ』


 その一言で、なんとなく察した。
 過去の交際相手とすでにそういう段階まで経験済みだと、誤解されているのかもしれない。

『……最後までしてないけど? 誰とも』

 それを聞いたマナは、弾かれたように顔を上げ、こちらを見た。
 言葉の意味を考えるように少しの間だけ静止したあと、再び視線を落とす。

『え……あ、そうなんだ』

 ぎこちない呟きとともに、静寂が降りた。

『…………』
『…………』

 乾燥機の単調な音だけが、脱衣所から響いてくる。

 目が合わない横顔を見つめながら、口を開いた。

『とっておいたんじゃん。喜べよ』

 言い放った直後、さすがに気恥ずかしさが込み上げてきて、俺も視線を逸らした。

 すると。

 肩に手を置かれると同時に――頬に柔らかな感触が触れた。