ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


 振り返った彼女は『え?』と僅かに眉をひそめた。

『元カノ見たって、そんな感じだし』

 立ち止まったまま、こちらを見つめている。

『どうせ、そんな興味ないよな。懐いてきた年下の子に付き合ってやってる、みたいな感じ?』

 わざと傷つけるような言葉を吐き捨て、冷たい雨の中、ゆっくりと追い越した。

 その直後。
 背中にドサッと重い衝撃が走り、鈍い音が響いた。

 驚いて振り返ると、水溜りのできたアスファルトの上に鞄が転がっている。


 そして、それを投げつけた本人は――傘も足元に放り出したまま、唇を強く噛み締め、思いきりこちらを睨みつけていた。


 その顔を見た瞬間。
 ゾクッとするほどの歓喜で、全身が粟立った。