ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

 マナが高校卒業を控えた、二月の終わりのことだった。

 天気が悪いので俺の家で過ごそうと誘い、駅で落ち合ったところに、鈴原が通りかかった。
 一言の挨拶を交わしただけなのに、マナは彼女が元恋人だと、すぐに気がついた。
 そういう勘は鈍いだろうと勝手に思っていたから、電車の中で尋ねられたときは驚いた。

 多少は嫉妬したりするだろうか――と期待してみるものの、特にそんな様子は見せない。

 家の最寄り駅に着き、大通り沿いを歩き始めても、変わらなかった。
 それどころか、いつも通りの明るいトーンで、別の話題を振ってくる。

 その平然とした態度に、じわじわと苛立ちが募っていった。

『ハルの苦手なものって、なに?』

 少し前で、水溜りを避けながら楽しそうに歩くマナが、傘越しに無邪気な声をかけてくる。

『……虫』

『じゃあ今日は、虫の映画にする』

『そんなん観たいのかよ?』

 不機嫌を隠さずに返すと『やっぱりそれは私もイヤ』と笑い声を弾かせた。
 雨音に混じるその軽い響きが、癇に障った。

 地面を蹴る足を止め、冷え切った声を投げる。


『マナって……俺のことそんな好きじゃないよな』